入院中の外泊が許可される

閉鎖病棟に入院して、2ヶ月が経とうとしていた。

ぼくは病院内では優等生であるもんだから、週に1回の帰宅(外泊練習)も許されるようになっていた。

家族に車で迎えにきてもらう。

1泊、あるいは2泊3日で自宅で過ごす。

その間、酒などの話題に触れず、まことしやかな日常生活を送れることを確認する。

退院
フリーフォト足成より引用

病院側からは、帰宅期間の患者の様子を記入する用紙が渡される。

穏やかにすごしたか  はい / いいえ

イライラしていないか はい / いいえ

そのような質問事項が10問ほどならび、最後には

お酒を飲まなかったか はい / いいえ

が、当然ある。

もちろんぼくは早く退院したいもんだから、家でも優等生でじっと我慢する。

病院に帰院すると、嫁さんが看護師に記録を渡す。

それを2~3週間繰り返し、「問題なく過ごせた」という実績を作れば、退院はもう間近なのだ。

保護室に入った当初の入院計画書には、「2~3ヶ月の入院・療養が必要」と記入されていた。

だけど、こんなオリの中で3ヶ月は過ごしたくない。

早く、シャバに出たい

それだけを考えて、行動するようになってきた。


退院支援委員会が開催され、退院日が決まる

3回ほど帰宅の実績をつくったあと、先生との面談で、言った。

そろそろ退院したいのですが、どうでしょうか

先生はすこし考え、言った。

来週末、あたりにしましょう

そして、先生と看護師、嫁さんとの退院支援委員会が行われた。

退院後、仕事をするのか、ちゃんと断酒できる生活を送れるのか、確認される。

医者 医師
フリー素材集PAKUTASOより引用

一週間は、長かった。

1日、1日とカウントダウンする。

本当に仲がよい患者にだけ、退院の話を言っておく。

ちゃんと心から喜んでくれるからだ。

親しくない患者には言わない。

ねたまれるからだ。


数日後。

やっと、その日が来た。

朝から、荷物をまとめる。

家族が10時に来るといったが、それまでの数時間がやけに長い。

看護師に

「いままでありがとうございました。
 お世話になりました」

と感謝の気持ちを言う。

患者仲間にも、この日だけは
先に出てるから。みんなも頑張ってね
と挨拶する。

やっと、自動ドアがあいて、待ちにまった嫁さんの姿が見えた。

患者のみんなには、拍手で送られた。

やっと退院!

待ちに待った退院!

嬉しかった。

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精神病院・閉鎖病棟からの退院

国道を走る車の中から、何とも言えぬ気持ちで、風景を眺めていた。

もう、こんりんざいこんなところに入院しない。

もう、こりごりだ。

もう、一切酒を飲まない。

もう、今後はまっとうな人間として生きる。

「昼飯に何が食べたいか」

と聞かれた。

背脂たっぷりのラーメンと、餃子

と答えた。



ラーメン
フリーフォト足成より引用


うす味の病院食ばかり食べてきたぼくにとって、久しぶりのラーメンはとても旨かった・・・・・・





・・・・・・ 第1話 完 ・・・・・・





これで、第1話は終わりです。

長いあいだ、ご愛読ありがとうございました。

え、第1話。

てことは、第2話がある?

そうなんです第2話があるんです。

退院して断酒を頑張りました

がむしゃらに。

そして、まっとうな日常生活を送り続けました。

酒を飲まない生活

頑張って続けました。

そして、その生活を続けていくと、だんだん慣れてきます。

辛かった入院生活も、喉もとすぎれば熱さ忘れる。


そして、約3ヶ月後。

ふとやってしまいました。

やってはいけない、スリップ・再飲酒

そこから、ぼくはまた転げ落ちていったのです・・・・・・

続きは、またアップしていきます。


長いあいだのご愛読、ありがとうございました。


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