※断酒161目

〇マルチ商法でたくさんのお金を稼いだ所長


前記のDと一緒に勤めていたシステム系の会社。

所長は、そこの所長になる前、マルチ商法の上層部にいたようだ。

羽毛布団のマルチ商法。

原価かの5倍以上の値段、100万をこえるような布団を扱っていた。

もちろんマルチ商法の上層部なので、下が稼ぐ分を吸い上げ、本人は何もせずに金が転がり込んできたという。

ポケットに万札が腐るほどあって、使っても使っても使いきれなかったらしい。


札束 ポケット
フリーフォトPAKUTASOより引用


警察の査察が入る寸前に、うまいこと逃げた。

金を稼ぐだけ稼いでトンズラした。

うまいことやったものだ。


いつもBMWに乗って、さっそうと現れた。

いや、さっそうとは違い、贅沢のしすぎと不摂生で腹は飛び出て太り気味。

髪はオールバックでダブルのスーツを着て、ちょっとカタギには見えなかった。


マルチ商法時代、毎日飲んで、酒気帯び運転で帰っていたらしい。

ある日、西広島バイパスに昇ったところでよくやっている、酒気帯び運転の検問に出くわした。

バイパスなので交差点もなく、逃げようがない。

酒をたらふく飲んでいたので、当然引っかかった。

当時、20数年前の話なので酒気帯び運転の罰則はまだ甘く、6点減点の免停だった。

〇毎日酒気帯び運転を繰り返し、逮捕された


しかし所長はこりもせず、次の日も飲んで酒気帯び運転で帰った。

つぎの日もまったく同じところで検問が行われていた。

また引っかかった。

免停中の酒気帯び運転ということで、さすがに免許取り消しになった。


検問 警察 酒気帯び運転
フリーフォト写真ACより引用


しかし所長はまったくこりず、さらに次の日も飲んで酒気帯び運転で帰った。

さすがに3日連続検問はないと思ったのか。

しかし、3日連続検問していた。

また検問に引っかかり、無免許運転で酒気帯び運転ということで、交通刑務所行きとなってしまった。

実刑6ヵ月だったという。

よく事故をしなかったものだ。


当時の会社には、少年院にいったことがある20歳くらいの女の子がいて、よく刑務所話をしていた。

刑務所に入ったら、身も心もキレイになった気がするよのう

そうですね、私もそうでした

なんて会話が会社の中で普通に行われていた。


毎日とはいわないが、所長はよく飲みに連れていってくれた。

古い焼き肉屋で「勝」という、大将が一人でやっている、分厚いタンが美味いそんななじみの店だった。

ポットからコップに熱燗をついで、マッチ棒をその数だけ置いて大将に申告・支払いをする。

そんな変わった店だったが、とにかく分厚いタンやカルビが美味かった。

1人マッチ棒で10本、ようするにコップ10杯くらいの熱燗を飲んだ。

そして所長はいつも、こりもせずに飲酒運転で帰っていった。


所長は毎日のように飲んでいた。

しかし、運動はたまにいくゴルフくらいだった。

何か健康のためにしている、なんて話は聞いたことがない。

不摂生あふれる暮らしをしてる。

しかし、いつもバイタリティーあふれている。

酒と肉のせいか。


ある朝、出勤すると1本の電話がかかってきた。

所長の奥さんからだった。

主人が昨日亡くなりました

と。

へ?

あれだけ元気だったのに?

まだ夢見心地で、来ていない社員全員に電話をしてみたが

は?何を言いよるん。

と、誰も信じてくれなかった。

〇昨日まで元気だった所長が事故で・・・・・・


直接の死因は、車ごと市内電車(チンチン電車)の電停のコンクリートに正面衝突したらしい。

しかし、電停まで、ブレーキ痕はまったくなかったとのこと。


画像20190406事故 写真AC
フリーフォト写真ACより引用


運転席のシートは衝撃のせいか、真後ろまで倒れていたらしい。

普通の事故であれば、ぶつかる寸前に必ずブレーキするはずだ。

ぶつかる瞬間はふんばるので、シートが真後ろまで倒れるハズはない。

皆の想像は、運転中にすでに心筋梗塞などの心臓発作で意識を失い、そのまま電停に突っ込んでいったのではないかというものだった。


カリスマ的存在の所長が亡くなった。

広島営業所は空中分解し、ぼくを含めほとんどの社員は辞めた。


今になって思うが、

毎日酒を飲まないと気が済まない

飲むと、必ず飲酒運転で帰る

などから、所長はアルコール依存症、またはそれになりかけだったのではないだろうか。


まだ60歳になっていなかった。

非常に残念だった・・・・・・

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