※断酒203日目

自分の送別会

会社のふくさんとはお別れじゃが、ふくちゃんとは個人的におつきあいをしたいのう・・・・・・

という、自治会長の言葉がとてもうれしかった。


御年70才の長老に認められている感が、とてもうれしい。


当時、ぼくは会社を辞めることになっていた。

そしてそのころ密に関係を保っていた、近隣地区の自治会長が、送別会を催してくれた。

自分の送別会なので、断るわけにもいかない

送別会には、自治会長とその若い衆3人ほどが来てくれるという。

うちの会社からは、ぼくのほかは2名だ。

こじんまりとした送別会だった。


そしてそれは開催された。

31階建て高層マンションの2階、会議室

たたみ、茶色の質素なテーブルと座ぶとんの和室。

本棚と、独身部屋にあるような小さな冷蔵庫、窓が2つ。

トイレ。
マンションの管理人室
フリーフォトPAKUTASOより引用

マンション管理組合だとかがちょっとした打ち合わせに使うのだろうか。

そこで仕出しを持ちより、「ぼくが主人公」の送別会がひらかれた。

3月18日、陽がおちるとスーツでも肌寒い、そんな日だった。


もちろんうちの社員たちは、ぼくがアルコールを飲めないことは知っていた。

お客さまでいちばんエライ長老、自治会長にも「実はドクターストップで、飲めない」旨を伝えておいた

ところがその最も重要な情報は、「若い衆の買い出し担当係」にまったく伝わっていなかった。

ビール、焼酎、酒はたくさんだが、ソフトドリンクが無い

和室の各個人個人の前に置かれた、いかにもな高そうな仕出し。

自治会の買い出し担当係が「どうだ」とは言わず広げたスーパーの白いビニールからは、ビール3箱、日本酒が数本、そして焼酎も数本

酒だらけ。

いや、酒だけ


しかし、特に気には留めなかった。

それは、なぜか。

それは、3年間、断酒し続けたから。


会社の飲みには全部出席し、お茶とコーラで済ませて帰る。

3年ほど、それで何も問題は起きなかった。

「これまでと同様、喰ってさっさと帰ればいい」

そのくらいにしか考えていなかった。


慢心していた。

断酒し続けた自信が、逆にアダとなった。

仕出しは酒飲み用に、とても塩辛い味付けだと気づくまで。

そして、長老がコップ(小)にビール半分ついで、「このくらいエエじゃろ」と勧めるまで。

塩辛い仕出しばかり、ソフトドリンクが飲みたい

仕出し
フリーフォト足成より引用

仕出しの茶色いトコブシは美味しく煮込んであったが、酒呑み用で塩辛かった

立派なホタテ貝の煮付けも旨かったが、やはり塩辛かった

くるま海老を赤く塩焼きしたヤツも、やはり塩辛かった


1時間ほどは、楽しい時をすごした。


しかし、喉が激しく渇いてきた

お店なら、お茶でも水でも注文すればよい。

しかし、ここの水源地はトイレしかなかった。

「何かで、喉をうるおしたい。」


・・・・・・酔っぱらった長老がそれを察してか、コップ(小)に半分ほどのビールを注ぎ、ぼくに差し出してきた。

ビール
フリーフォト足成より引用

このくらい、エエじゃろう

自治会長は酔っぱらって、ぼくが「酒を全く飲めない」と言ったことを、すっかり忘れたらしい。

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