うつ病でアルコール依存症:人生終わった男の闘病記・体験談

閉鎖病棟の体験談から、アルコール依存症・うつ病の闘病記。
2児の父が急にうつ病で倒れた。酔いにまかせて仕事にいくも今度はアルコール依存症だと。
家族から精神病院に何回も入院させられ、断酒に挑戦するが失敗。抗うつ剤、睡眠薬はいまだかかせず・・・・・・

うつ病、アルコール依存症にならないよう、みなさんのお役にたてればと思います。

カテゴリ: アルコール依存症 精神病院・入院体験談1

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精神病院・閉鎖病棟に入院した体験談

ぼくが精神病院・閉鎖病棟に入院してから、まる2年が経ちました。

そのキツい体験を思い出して、2度と飲酒しないように。

そして、アルコール依存症のみなさま、まだ閉鎖病棟日記を読んでおられない方。

ぼくの体験を読んで、こんな目に合わないように。

精神病院・閉鎖病棟の体験談を書いていきます。


精神病院の閉鎖病棟といえばもう、アルコール依存症の行き着く終着駅です。

点滴 精神病院 入院
フリーフォト足成より引用

終着駅にいきつかないように、ぼくの体験談を参考にしてください。
では、アルコール依存症・入院体験談1、はじまります。


再飲酒、スリップしてしまった。原因は特にない

9月1日、暑い日だった。

まだ、まばゆい太陽が直視できず、そのあたり以外は真っ青に塗られた空。

家の北側に覗く山と、その反対、南側の武田山は、そのまばゆい陽の光で黄緑色に浮き出ている。

その山のところどころから、白い入道雲が上空へ向けてせせり立ち、その入道雲の下側の部分は暗く、テレビで言っていたゲリラ豪雨でも降っているのかな、と思わせる暗闇を落としている。


僕の頭上は、まばゆいのと真っ青だ。

青空 酒飲む
フリーフォト足成より引用

そこで、酒を、飲んだ

そこで、数か月ぶりの、酒を、飲んだ。

うつ病でアルコール依存症と診断された僕が「絶対に飲んではいけない酒を、飲んだ
いわゆる再飲酒、スリップだ。

コンビニで買った安い焼酎を、味わう、という飲み方ではなく、喉に流し込み、胃に押し込み、胃壁から体内にエタノールを注入する、という飲み方をした。


味などはどうでもよかった。

前回入院以来5カ月ぶりの酒は、美味いのかな、とは少しは期待していた。

が、実際は「味は、まあ、こんなものか」とガッカリした。


ガッカリした直後、口から喉から食道から胃粘膜まで、急に温度が上がるのを感じた。

脳が「ガッカリした」と考えるより少しだけ遅く、25%濃度のエタノール溶液によって、口がしびれ、喉と食道の粘膜が焼けつくように熱くなり、そして、胃の中に暖炉の火だねがあるかのごとく身体の真ん中が熱くなっていく。


コレ。コレ。


永らく味わっていなかった、この感覚。

すぐに、頭の中にある「嫌な感覚」というのが消えていく。

すぐに、頭の中が「気持ち良い感覚」でいっぱいになる。


コレ。コレ。

再飲酒、スリップの罪悪感が小さくなって消えていった。

再飲酒した原因は特にない。焼酎1合だけで止めておこう

再飲酒した原因は特になかった。

その日は焼酎1合だけ飲んで、ベッドで寝た。

その後、起きて嫁の送迎に行ったが、酔いは冷めていたため気付かれなかった。

少し後ろめたさを感じたが、「たった1合飲んだだけ。それで終わり。明日は飲まない」と、無理やり後ろめたさを追いやった。


次の日の早朝、いつものように嫁さんを仕事場に送迎し、家に戻った。

ふと、自分が酒を欲していることに気がついた。


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次記事→酒が欲しい、飲酒欲求を抑えることができない。また飲んだ 精神病院 体験談1(2)

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酒が欲しい、飲酒欲求を抑えることができない

9月2日、暑い日だった。

早朝、いつものように車で嫁さんを仕事場に送迎し、家に戻った。

ふと、今、自分が酒を欲していることに気がついた。

僕は「アルコール依存症」という病気である。

しばらく前、医師にそう診断された。


僕は「うつ病」でもある。

もっと昔、医師にそう診断された。


「あなたはうつ病です。それに加えて、アルコール依存症になっています。先にアルコール依存症を治さないと、うつ病は治りません。」

ちょっと前、医師にそう言われた。

うつ病 アルコール依存症
フリーフォト足成より引用

昨今、市民権を得た「うつ病」が何なのかは、皆さんもうご存知であろう。


アルコール依存症というのは、俗に言う“アル中”だ。


簡単に言えば「常に酒が欲しい」「酒を飲み続けて常に酔った状態でないといられない」という病気で、薬物依存の一種だ。

逆に言えば、「酒を飲んではいけない時でも飲まなくてはいられない」人たちの事を言う。
酒が欲しいことを「飲酒欲求」という。

「あなたは飲みすぎで肝臓機能が異常をきたしています。このまま酒を飲み続けると、肝硬変で死にます。
と医師に言われながらも、酒をやめられない人。


「今から車を運転して仕事にいかなければならない。仕事で車をつかう。」
ので、飲酒運転は絶対避けなければならないのに、酒を飲んでしまう人。
飲酒運転 酒気帯び運転
フリーフォト足成より引用

「朝、起きるとどうしても不安感や恐怖感からベッドを抜け出せない。酒を飲んだら動ける。」
でも飲んで酔ってしまって、会社に行ったり、家事や育児などができない人。

これまで精神病院で出会ったアルコール依存症患者は、だいたいこの3種類の人種だった。


僕はうつ病が元にあるので、3番目のほうになる。


僕は血液検査、レントゲン、エコー検査などから、身体や内臓に異常はまったくみられない。

「サケヲヤメナサイ」

僕は元来大酒飲みだが、医師のこの言葉以外に、酒を止める理由は無いと思っていた。


アルコール依存症の治療は断酒しかない

このやっかいな病気は、「酒を全く断つ」、断酒することにより症状を出さないようにするのが一般的な治療法だ。

アル中達は“節酒”だとか“意思の問題”だとか、そういう生易しい次元はとっくに通り越していて、断酒以外に解決方法がないらしい。

 

まずは入院し、断酒する。

そうするとどうなるかというと、常日頃「酒を飲みたい度100%」の気持ちがだんだん下がってきて、「50%」「30%」くらいになってくる。

さらに頑張って断酒していると、退院のころには「5%」くらいになる。

退院して家に戻り、酒なし生活を数カ月もつづけると「酒飲みたい度1%」くらいに落ち着く。

 

1%ならなんとか飲まないでいられるので、そのまま断酒生活を続ければ良いわけだ。

酒さえ飲まなければ、肝臓が悪くなることもないし、仕事に行けるし、家事もできる。

「精神疾患患者」ではなく「普通の人間」として生活できるわけだ。

僕は退院して昨日まで3か月ほど、先ほどの「酒を飲みたい度1%」くらいで断酒生活をしていた。


特に強烈に飲みたくなるわけでもなく、しかしまったく飲みたくないわけでもなく、しかし別に飲まなくても大丈夫、そんな感じで断酒生活をしていた。

そして昨日、急に、1合飲んでしまった。


そして今、酒が欲しい、酒を欲している。

確実に「酒を飲みたい」と思っている。
飲酒欲求が高まっている。

「酒飲みたい度50%」ほど酒を飲みたい。

いや、「100%」かも知れない。
もう飲酒欲求を抑えることができなくなっている。

 

僕の脳みその細胞ひとつひとつが昔の酩酊時の記憶を呼び覚まし、僕の身体のすべての器官へ神経細胞を通じてアルコールを摂取するよう呼びかけているようだ。


すごく酒が欲しいという思いが強まり、とうとう飲酒欲求を抑えることができなくなった。

今日も、1合だけまた飲んだ。



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次記事→断酒中なのに飲酒欲求に負けて酒を飲み、気がつけば鉄格子の中に。精神病院 体験談1(3)

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断酒中なのに酒を飲みたい

9月3日、暑い日だった。

早朝、いつものように車で嫁さんを仕事場に送迎した。

良く晴れた、天気の良い朝だった。
車 送迎
フリー素材PAKUTASOより引用

しかしその時点で、僕はもう酒を飲みたかった。
というより、朝起きてからすでに飲みたかった。

断酒中なのに飲酒欲求を抑えることができない

僕は昨日と一昨日、2日続けてたった1合づつ飲んだだけだ。

たったそれだけで、「飲酒欲求100%」になってしまった。

せっかく治まっていた飲酒欲求が、がぶりと顔を出した。

喉が、食道が、胃が、脳が、アルコールを欲している。


今、飲まないのは、なぜならば運転しているから。


今、飲まないのは、なぜならば助手席に嫁がいるから。


今朝、目が覚めた時点から、僕は飲みたくなっていた。


数か月の断酒で造ってきた身体のコンディションが、ほんの2合の酒で元に戻ってしまった。

「胃が空腹なので、何か食べたい」かのように「酒が切れてるから、酒を飲みたい」

そう、脳が要求してくる。


まるで喉がかわいた時や腹がへった時のように本能のように酒を求めてくる。


素知らぬ顔で嫁を勤務先に送り届け、そして車をその勤務先の駐車場へ停めた。



もともと、彼女は車で通勤していた。

勤務先に駐車場を借りている。

ただ、今は僕が休職中のため、送迎ドライバーをしていた。

夕方迎えに行くため、昼間に酒を飲めない状況になるからだ。


僕はその駐車場へ車を停め、キーをフロント右タイヤの裏へ隠した。

携帯メールで嫁に「急用が出来て車を…」などと送った。

キーの在りかも伝えた。


嫁の勤務先は病院なので、携帯メールをチェックするのは昼休みか、午後の何時かだ。

急いでコンビニに行き、ワンカップ焼酎「かのか」を2本購入した。

断酒中なのに飲酒欲求に負けてしまった。

焼酎を空けた。

気がつけば鉄格子の中に。囚人か

ふと、目が覚めた。


うす暗い。

何時なのか。


僕はタイルの上に敷いたふとんの上に寝ていた。

まったく知らない場所だった。
まだ、酔っている。

寝ころんだまま目をあけた。

視線の先には、白い天井が見える。


寝ころんだまま、視線を上に、いや顔ごと上側に向けた。


金属をペンキで水色に塗ったような直径2センチくらいのパイプが、床から天井へ垂直に、10センチほどの間隔でズラリと並べらているのが目についた。


その10センチづつの隙間から向こうに、廊下が見える。

鉄格子 警察
フリーフォト写真ACより引用


それが“鉄格子”だと理解するのに、時間はかからなかった。


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次記事→気がつくと警察の留置所の中にいた。酒が切れて喉が渇く 精神病院 体験談1(4)

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気がつくと鉄格子の中。ここは一体どこ

鉄格子”を目にした僕は、ふとんを蹴って上半身だけ起こした。


ここはいったいどこだ。
僕はなぜ、こんなところに寝ているんだ。

なぜ鉄格子のおりに閉じ込められているんだ。

まったく意味がわからない。

留置所 鉄格子
フリーフォト写真ACより引用

この狭い部屋は、どこのビルにでもあるようなありふれた白い天井に、薄暗い蛍光灯がひとつ、ぼんやりと光っていた。


タイルの床に何年も干してないような粗末なふとんが敷いてあり、僕はその上に座っている。


天井や床は薄汚れている。
汚れぐあいから、相当な年月が経っているのが分かる。

上から見ると、四角い部屋の3面が薄いピンク色の壁で、1面が“鉄格子”となっている。

その鉄格子の面の、左下側に鉄製のドアがひとつある。

立ってノブをまわし、ドアを開けようとしたが開かない。

完全におりに閉じ込められている。

なにがなんだか、もうさっぱりわからない。

酒が切れて喉が渇く、たまらない

ふと、喉が渇いていることに気がついた。
喉がからからだった。


それは「汗をかいたので、少しお茶が飲みたい」といったたぐいでは、ない。

肝臓がアルコールの代謝のため急激に水分を使用したことにより、身体が、足りなくなった水分を大量に欲している」という、いわゆる二日酔いの朝の喉の渇きだ。


口の中がねばついている。
水分不足により、口の中が乾きかけている。

唾液がまったく出てこない。


大声を出して「誰か」を呼んでみたが、誰かの返事は無い。


まだ酔っているものの、意識はしっかりしていた。


感覚もしっかりしていた。


感覚がしっかりしているため、喉の渇きがとても辛い。


“舌”が、残ったわずかな唾液でねっとりと口の裏側へ吸着していたが、唾液が出ないために乾燥してきた。

もう、“舌”は口の裏側へ吸着しなくなっていた。


繰り返し「誰か」を呼び続けると、やっと、パタパタパタと足音がした。

誰かがこの部屋に近づいてくる。

鉄格子の向こうに、紺色の制服姿のオッサンが現れた。

警察官 警官
フリーフォト写真ACより引用


僕は
この有体は何なんだ、ここはいったい何処なんだ
と紺色のオッサンに言った。


紺色のオッサンはひと言、
ここは広島県〇〇警察署だ
と言った。

ぼくは警察の留置所の中にいた。

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次記事→なぜ警察の留置所にいるのか。酒の飲み過ぎで記憶がない 精神病院 体験談1(5)

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なぜ警察の留置所にいるのか分からない

ここは〇〇警察署だ


・・・・・・警察? どうして? なんでや?


僕は何か、どんでもない事をしでかしたのか?

記憶を振り返った。

紺色のオッサンから視線をはずし、その一瞬の間に、今日一日の記憶をたどろうとした。

朝、車を置いてワンカップ焼酎を空けたところは覚えている。

そこからが・・・・・・空白になっている。

そのあいだの記憶がない。

そして今、僕は警察に居る。
なぜ警察の留置所にいるのか。


・・・・・・ブラックアウトしやがった!


ブラックアウトとは、酒の飲み過ぎで記憶がないことを指す。

ブラックアウト 酒 記憶喪失
フリーフォト足成より引用

普通の人ならば飲み会へ行き、2次会、3次会と飲み続け、酔っ払うにつれ
「3件目はあの店でたくさん喋ったけど、何の話題だったか覚えてないなあ」
酒の飲み過ぎで記憶がなくなることが、年に何回かはあるだろう。


それは普通のことだ。


特に問題はない。


ところが、アルコール依存症になると、飲み始めるとすぐ、血中アルコール濃度を一気に上げて
「ぐでんぐでんに泥酔した気持ち良い状態
に持って行きたがるため、ひんぱんにブラックアウトをおこす。

薬と酒の飲み過ぎで記憶がない

さらに、うつ病など精神疾患を併せ持つ場合、抗うつ薬、精神安定剤などを常に飲用している。
すると、うつ用の薬+アルコールの影響で、すぐにブラックアウトを引き起こす。

ぼくもパキシル、リーマス(どちらも抗うつ薬)、精神安定剤を飲んでいる。

ぼくは元来大酒飲みで、例えば一升程度の酒を飲んでも平気なのだが。


抗うつ薬を飲み続けている現在、経験上、焼酎を“たったの”3合、それ以上で簡単にブラックアウトする。

薬 抗うつ薬

紺色のオッチャンに水を入れたコップをもらい、警察の留置場の説明をしてもらった。

「あなたの財布の中をみて、あなたの家に連絡を入れています。

 家族の方がもうすぐ迎えに来られると思いますよ。」

オッチャンはそう言って去って行った。


そういえば、ポケットに財布が無い。


財布どころか、携帯や家の鍵、そのほかもろもろの所持品がすべて無い。


・・・・・・留置所に入ると、所持品はすべて没収されるのかな。


僕はベッドに座り、そんなことを考えながらコップの水を口に含んだ。


・・・・・・朝から酒飲んで、なぜ警察の留置所にいるのか。

記憶の糸を手探りでたぐるように、脳の引き出しを探していた。


ようやく、記憶の断片が見つかった。


その記憶は、静止画像として、まるで写真のように、一番新しい引き出しに納められていた。

1枚はパチンコ屋の写真。

2枚目は、A町のせせらぎ公園の川沿いを歩いている写真。

本当に静止画像のように、風景写真のように、その動かない画像が脳内にめくられていく。

3枚目は、B町のスイミングスクールで、子供のお母さんと話しをしている写真。

4枚目は、そのスイミングスクールの前で、座って待っている写真。

そして5枚目は・・・・・・3台のパトカーから、白いヘルメットの警官6・7名が座って待っている僕の周りに集まってくる写真。


「あ」


記憶の糸をたぐりよせる手の指に、なにか嫌なものがが引っ掛かった。



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次記事→警察に確保の瞬間。サイレンを鳴らすパトカーと警察官が・・・ 精神病院 体験談1(6)

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酒でブラックアウトから、かすかな記憶が

脳内に浮かび上がった5枚の静止写真。


1枚目
、パチンコ屋の写真。

2枚目、B町のせせらぎ公園の川沿いを歩いている写真。

3枚目、C町のスイミングスクールで、子供のお母さんと話しをしている写真。

4枚目、そのスイミングスクールの前で、座って待っている写真。

5枚目、サイレンを鳴らすパトカー3台が到着し、白いヘルメットの警察官6・7名が座って待っている僕の周りに集まってくる写真。

パトカー 警察官
フリーフォト写真ACより引用

その静止画像に、少しずつ、記憶が付着していた。

僕はそのわずかの記憶から、僕が何をやったかを推測し始めた。

タイルの上に敷かれたふとんに横になり、1枚目の、パチンコ屋の写真を思い浮かべた。

飲みながらパチンコを打つ

そこはA町にあるパチンコ店。

・・・・・・ ふうん、まず、パチンコを打ったのか。

A町の嫁の勤務先で車を放置し、ワンカップ焼酎を空けた後、僕は酔ってバスに乗ってそこに行き、パチンコを打ったのだろう。

そこで完全にブラックアウトしたのだろう。

ということは、近くのコンビニで、さらにワンカップ焼酎を追加飲酒したのかな。


2枚目の、B町のせせらぎ公園の川沿いを歩いている写真。

A町の南のB町までは数キロある。

そのB町の古川沿いを歩いていた。

なぜか、「水の中」にいたような気がした。


・・・・・・お金がなくなって、歩いていたのかな。


3枚目、C町のスイミングスクールで、子供のお母さんと話しをしている写真。

B町からC町までも、数キロある。

ずっと歩いていたのだろうか。


なぜかスイミングスクールへ

何故、スイミングスクールの中に入ったのか、理由が分からない。

ただ単に、歩き疲れて、休む場所がほしかったのだろうか?

娘の同級生がこのスイミングスクールに通っていた。

それを思い出して、興味本位で立ち寄ったのだろうか。

スイミングスクール 水泳
フリーフォト写真ACより引用

4枚目、そのスイミングスクールの前で、座って待っている写真。

なぜか、そこの女性従業員に手をつかまれて、玄関で座って何かを待っていた。


・・・・・・何故? 何を待っとったんや?


5枚目サイレンを鳴らす
パトカー3台が到着し、白いヘルメットの警察官6・7名が座って待っている僕の周りに集まってくる写真。


・・・・・・あ。


解かった。

何もかも繋がった。


サイレンを鳴らすパトカーと共に現れた警察に確保される

要するに、こういうことだろう。

飲んで酔っ払って10km程度歩き続け、疲れはててスイミングスクールに立ち寄り、休憩した。

そこに、子供づれの母親たちがたくさんいた。

そして、酔って上機嫌な僕は見知らぬ母親たちに何か話しかけた

母親たちは、泥酔している僕を見て、不審者と思い、従業員に伝えた。

従業員が警察に通報した。

そんなところだろう。


もちろん僕は小さい子に興味はない
プールで泳いでいる、僕の娘ほどの年端もいかぬ少女たちに何の興味もない。

だが、このご時世、
40歳の酔っ払ったオッサンが一人で、子供達が大勢いるところでうろついている
ということだけで、当然、不審者ということになるだろう。


今考えると、僕を座って待たせている女性従業員の手を振りほどいて、走って逃げれば済んだことだ。

でも記憶のない僕は、言われるがままおとなしく座って、警察が来るのを待っていたんだろう。

結局ぼくは警察に確保された。

僕はおとなしくパトカー後部座席に乗り込み、警官に両脇を挟まれていた。そんな記憶が、蘇る。

パトカー 警察官 保護
フリーフォト写真ACより引用

・・・・・・なんてこった。


気がつけば、窓の外は暗くなっていた。

紺色のオッサンが再び現れた。

「家族の方が来られました。出てきなさい。」

そういって、留置所の鍵を開けた。



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次記事→親子の縁を切るだと!親代わりに妹の生活保護申請したのに!精神病院 体験談1(7)

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留置所からの釈放後、警察署からの帰り道

警察署から出た僕は、嫁が運転する車の後部座席へ、なだれこんだ。


まだ酔いは残っていた。

助手席には、姑が座っていた。

嫁と姑に、視線を合わすことはできなかった。


窓に、暗い街並み、電灯や赤や青の信号、キラキラ光る店の看板などがずっと流れつづける。

警察署 拘置所 帰り道
フリーフォト足成より引用

次々と通り過ぎる光を、寝ころんだままぼんやりと見続ける。

何も考えたくなかった。


病院送り?もうどうにでもしてくれ

運転席と助手席は、今後の僕の処置をどうするか、話し合っていた。

病院送りにするか。」

「いや、一週間ほど様子を見るべきか。」

そんな言葉が耳に入った。


もうどうにでもしてくれ。


ぼんやりと、思い出していた。


警察で受け取った財布は、べしゃべしゃに濡れていた

財布の中に入れていた病院の受診票や、誰かさんの名刺などは、みな濡れてふやけていた。

所持金は、170円しかなかった。


だから、歩いていたのか。


・・・・・・川沿いを歩き「水の中にいた記憶」っていうのは、川に落ちたってことか。


せせらぎ公園の近くの古川は、浅い川だ。

深いところで、水面は腰のあたりだろうか。

記憶が無いが、川に落ちて這い上がったらしい。

川 河 落ちた
フリーフォト足成より引用

・・・・・・そこで溺死しとけば、楽だったのにな


変なことを考えた。


警察を出る際、右手の5本、左手の5本、すべての指紋を採られたように思う。

これで警察データベースに、僕の留置歴と指紋が登録されたってワケだ。


・・・・・・犯罪者みたいで、ちょっと嫌だな。


ま、酔って知らない人と喋っていただけだ。

暴れたりケンカとか、法に触れることはしていない。

そんな事をしたのなら、事情徴収があるはずだが、それは無かった。

親父が親子の縁を切るだと!

次の日は、酒を控えていた。

姑が僕のオヤジと、電話相談をしていた。

昨日の事をオヤジへ伝えたらしい。


しばらくながめていると、受話器をつきだされたので、姑と替わった。


オヤジは、
お前とは親子の縁を切る

はっきりと、そういいやがった。


・・・・・・親子の縁を切るだと!


警察の世話にはなったが、オレは犯罪者ではない。

そもそも、前回アルコールでひっくり返ったのは
甲状腺異常で働けず、収入もなく餓死しそうだった『妹』を、親代わりに生活保護申請し、新居を探し、大学病院で全身麻酔手術の手配をし、引っ越しの準備までした
のは、兄であるうつ病の僕と、僕の嫁だ。


本来それは、親がやるべきことではないか。

・・・・・・そんな状態の妹をほったらかしにしておいて、責任や行動を僕に押しつけておいて、僕がひっくり返ったら親子の縁を切るだと?


頭にきて、また酒をあおった。



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次記事→断酒会:アルコール依存症の自助グループの日。また鉄格子の中!精神病院 体験談1(8)

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断酒会:アルコール依存症の自助グループ

木曜日、今日は「断酒会」と言われるアルコール依存症の自助グループの日だ。


断酒会」というのは、簡単にいえば、アルコール依存症の人達の寄り合いのことだ。

全国でいえばAA(アルコホーリック・アノニマス)や“ふたば断酒会”が有名な組織で、それらの会は毎週、月・水・金などの夕方から2時間ほど寄り合って話をする。

寄り合って何をするかというと、アルコール依存症者がわざと酒が飲みたくなる夕方に集まって、苦労話や経験談などを語り合うのだ。
また、アルコール依存症の家族の会もある。


断酒会 自助グループ
フリー素材集いらすとやより引用


要するに、

アルコール依存症は、薬では治らない。治療法は酒を飲まないことなのだが、独りで頑張っても、いつか飲んでしまう。なので、日々みんなで集まって辛い傷を舐め合って、みんなで断酒を頑張って続けましょう

という自助グループなのだ。

全国に無数に存在する。


僕が行っている断酒会は、毎週木曜日に開催される。

今日がその日だ。どうしても断酒会に行かねばならない。


ところで、「連日、朝から晩まで飲み続ける」ことを、“連続飲酒”、と言う。

一日中ずっと、血液中にアルコールが入っている状態だ。

要するに、アルコール漬けだ。

断酒会に行かねばならないのに、僕は昨日までずっと、“連続飲酒”をしていた。

連続飲酒 離脱症状
フリー素材PAKUTASOより引用

今朝の今の今は、まだ飲んではいない。

が、昨日の酒が抜けかけているせいで、アルコール離脱症状が出始めている。

アルコール離脱症状といのは、いわゆるアル中の禁断症状だ。


アルコールの連続飲酒による離脱症状

まず、振戦が起こる。

「アル中の、手が震える」症状。

手のひらを上に向けて指を開き「パー」の形にすると、指先が小刻みに震える。

手だけでなく、体中が震えている気がする。


そして異常な発汗

暑くもないのに、額や手のひらにべったりと脂汗がにじみ出てくる。

額から、汗の滴がたらりと垂れてくる。


さらに気分障害

強烈な不安感が襲ってくる。

恐怖感が襲ってくる。

脳内が「アルコール」薬物切れをおこし、情緒不安定・不安感・恐怖感に襲われる。


僕は知らないが、アルコール依存症の重傷者の人は、これらに加えて「幻聴・幻覚」が続くらしい。

多いのが、「大量の虫が襲ってくる」幻覚。

体中に這っているゴキブリを振り払うしぐさを、延々続ける。

「小さな大名行列が行進してくる!」のは有名かも。


僕は次々と襲ってくるアルコール離脱症状に耐えられなくなり、精神安定剤をいつもの4倍飲んで、ふとんをかぶった。


離脱症状のせいで断酒会にいかず再飲酒

昼過ぎ、まだ離脱症状が治まらない。

身体の震え、発汗、襲い来る不安感、恐怖感

精神安定剤は役に立たないようだ。

僕は「酒を飲んでいる」ことを隠すため、断酒会を欠席する旨の電話を入れた。


近所の酒屋で、紙パック一升の焼酎を購入した。


・・・・・・出歩くと、ブラックアウトしてまた警察のお世話になったらいけない。


自分の部屋に閉じこもって、ふとんに入って飲んだ。


焼酎を3口ほど胃に流し込んだ。再び、喉、食道、胃粘膜が熱く燃え始めた。


・・・・・・10秒も経っていないと思う。


曇天の暗い空が、すっと、晴れた。

手の震えが、ピタリと止まった

恐怖が、悦楽に変わった。

心地よい酩酊感、に全身が包まれる。


ふとんをかぶって、寝た。


また鉄格子の中へ・・・・・・

目が覚めた。

暗かった。


天井を向いている僕の目に、「知らない天井」が映った。


・・・・・・え。


そしてその頭上の一面は、「茶色い格子」だった。


・・・・・・また、鉄格子。


僕は再び、訳が分からくなった。


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次記事→また鉄格子。精神病院の保護室に入院させられていた 精神病院 体験談1(9)

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また鉄格子。なぜか見たことある光景

また、鉄格子・・・・・・

保護室 精神病院 鉄格子
フリーフォト写真ACより引用

僕は再び、訳がわからくなった。 

見上げると、白い天井には、薄暗い蛍光灯、丸い火災報知機、スプリンクラー、直径20センチほどの丸い網・・・・・・あれはスピーカーだろうか?

その天井の、部屋の角にあたる部分に、一辺が60センチほどの正方形の黒いプラスチックの板がはめてある。


・・・・・・あれは、見覚えが、ある。


その黒いプラスチックの奥が、どうにか透けて見えた。


・・・・・・監視カメラだ!


木の壁には、以前この部屋に入院していた誰かが爪でひっかいた後が無数ある。
この病院に恨みをもっていたであろう落書きがたくさん見える。
「出してくれ」
「退院させてくれ」
ひとりこの部屋で必死に書いたのだろう。

ドンッ ドンッ ドンッ


隣か、そのまた向こうの部屋からか、壁を殴るような音が鳴り響いた。


ドンッ ドンッ ドンッ


その音は何回も響いて来る。

その、鉄格子と見覚えがある監視カメラで思い出した。


ここは、「精神病院」だ。
精神病院の保護室だ。

精神病院 
 精神科
フリーフォト写真ACより引用

・・・・・・どうして? 何故?


僕は、昨日は部屋から一歩も出ずに、おとなしく独りで飲んで眠りについたはずだ。

なのに、なぜ、こんな所にいるのだ。
うちからこの瀬野川病院はかなり遠く、20キロ以上はなれている。
どうやって移動したのだ。

精神病院の保護室に入院させられていた

部屋を観察した。

3方の壁は、茶色い木目調のビニールシートが張られている。

鉄格子の面は、警察の留置場と違って“鉄格子”ではなく、太めの木で縦と横に格子が張られ、プラスチック板がはさまれていた。

要するに、木格子の向こうに廊下が透けて見えるのだ。


ドアは茶色く塗られていたが、鉄製だ。

部屋の奥、木格子の反対面の一部がトイレとなっていた。

ステンレス色の便器が鈍く黒い光をはなっている。

便座の部分は、白いプラスチックになっている。


ふと気がついた。


服が、僕の服じゃない

確か、お気に入りのTシャツと、デニム地の半パンをはいていたハズだ。

黄色だが、何年も着て古っちゃけて白く色あせたようなTシャツと、水色だが古っちゃけて白く色あせたようなダサいジャージをはいていた。

Tシャツにはマジックで「R1」と記入されていた。

画像20130713ジャージ 写真AC
フリーフォト写真ACより引用

以前、入院した時は3階の「R3病棟」だった。

だからここは「R1」病棟なのか?

僕はまた、アルコール離脱症状の、喉の渇きに気がついた。

水道の蛇口は、部屋のどこにもない。


僕は“誰か”を呼んだ。

何回も何回も、“誰か”を呼び続けた。

いくら待っても、“誰か”は来ない。

もちろん、ドアは開かない。

僕はドアを、力まかせに殴りつけた。


ドンッ ドンッ ドンッ


・・・・・・ああ、さっきの音は、これか。



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無理やり看護師を呼んだ

ぼくはドアを、力まかせに殴りつけた。

ドンッ ドンッ ドンッ


何回も何回も、繰り返し殴り続けた。

ドンッ ドンッ ドンッ

手が痛くなったので、足で蹴りつけた。

ガシンッ ガシンッ ガシンッ


その、かなりの音が聞こえたのだろう。

パタパタパタ、と足音がして、誰かがやってきた。

ガチャリ、と音をたててドアを開けたのは、男の看護師だった。


ぼくは
「喉がカラカラなので、とりあえず水をくれ」
と言った。


看護師はコップに水を運んできてくれた。


そして、ここに来たいきさつを聞いた。


精神病院、保護室にきた経緯

・・・・・・昨日、安定剤をいつもの4倍飲み、焼酎で酔っぱらい、睡眠薬を飲み眠りに就いたことはわかる。

その後がわからない。


看護師の話によると、夕飯どき、嫁さんが僕を起こしに来たそうだ。

だが、呼んでも身体をさすっても反応が無い。

ほっぺを叩いても、何をしても反応が無く、意識が戻らない。

ベッドの上で、失禁していた。


僕は酒と安定剤の大量服用によって、またしてもブラックアウトしていたのだ。

異変に気付いた嫁さんは、義父と義母の3人がかりで3階で失神している僕を担ぎおろし、車に運んだ。

そして、救急対応をしているこの病院に運びこんだのだそうだ。

車の中でも、何回も繰り返し失禁していたとのことだった。

ぼくはブラックアウトで記憶がない。

その上さらに、アルコールを抜くための点滴が痛いのか針を引きちぎって、Tシャツの半分が血まみれになったらしい。

点滴の針を抜く
フリーフォト足成より引用

・・・・・・ ブラックアウトで、まったく記憶がない。


3ヵ月の入院が必要

僕は睡眠薬をもらい、ベッドにもぐった。

枕元には、「入院医療計画書」のような紙切れが、昨日の日付で2枚置かれていた。

医療計画書には、“1~3ヵ月の入院が必要”と記されていた。


・・・・・・なんてこった。


翌朝、点滴だというので起こされた。

部屋から出ることは許されない

牢獄だ。

精神病院 保護室
フリーフォト写真ACより引用

僕はひとりで部屋の壁を見ながら、次から次へと沸き起こる、酒を飲んでしまった事への後悔と無念の感情の渦に飲み込まれていた。
何分も、何十分も、何時間も考え続けた。

何時間たったかはわからない
腕時計はないし、部屋に時計もない。

辛い。

ベッドの上で座っているだけで、自己嫌悪におちいり自分を責めるばかりだ。

辛い。


・・・・・・ こんな思いには、もう耐えられない。



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