うつ病でアルコール依存症:人生終わった男の闘病記・体験談

閉鎖病棟の体験談から、アルコール依存症・うつ病の闘病記。
2児の父が急にうつ病で倒れた。酔いにまかせて仕事にいくも今度はアルコール依存症だと。
家族から精神病院に何回も入院させられ、断酒に挑戦するが失敗。抗うつ剤、睡眠薬はいまだかかせず・・・・・・

うつ病、アルコール依存症にならないよう、みなさんのお役にたてればと思います。

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カテゴリ: アルコール依存症 精神病院・入院体験談2

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アルコール依存症での精神病院・閉鎖病棟再入院

アルコール依存症での精神病院・入院体験談その2です。

精神病院に再入院してしまいました。

今回の実話では、時期が昨年の「合法ドラック法」執行直前でした。

なので、警察が「合法ドラッグ患者を確保」したのに逮捕できず、しかたなく精神病院に送り込んだのです。

そんな人がたくさん入院していました。

現在は、法律が執行されたので、合法ドラックは逮捕されます。

それでは第2話です。


精神病院に再入院

僕は今、瀬野川病院という広島一の精神病院の閉鎖病棟に入院している。

また、だ。

瀬野川病院
瀬野川病院HPより引用
今、入院している精神病院の閉鎖病棟には、病棟に鍵がかけられている。

ドアから外に出ることのできない、外界からまったく遮断されたところだ。

なぜ外界から遮断されているのか、というと。

その階には、薬物中毒重い統合失調症重い発達障害など、いわゆる放送禁止用語でいわれるような患者たちが入院している。

外界から遮断しないと治療にならなかったり、または社会に迷惑をかけるからだ。


ぼくはその集団にほうりこまれた・・・・・・

というよりぼくがアルコール依存症、いわゆる「アル中」となり、その集団の一員となってしまったのだ。

最初にもらう入院計画書には、「3ヵ月の治療・療養が必要」だと記述されていた。

重い薬物中毒患者、統合失調症患者、双極性障害の人々と一緒に3ヵ月もここで暮らさなければならない。

なんでこんなところに入れられているのかというと。

アルコール依存症のぼくが、決して飲んではいけない「酒」を飲んでしまったからだ。

断酒していたのに、誘惑に負けて飲んでしまった。

3ヵ月はとてもきつい。

きついし、人生の時間の無駄だと思う。

が、自分が悪いのだからしかたがない。

酒が切れれば退院させてくれればいいのに、そうはいかないらしい。

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パチンコに勝った、酒も買った

なぜ飲んだのかというと。

パチンコに行ってめずらしく勝ってしまった。
パチンコ スロット
勝ってうかれていたのか、おめでたな気分だったのか。

ふいに酒が飲みたくなった。

どのように飲んだのかというと。

家族に隠れて近所の商店にこっそりと焼酎を買いに行き。

焼酎をストレートで胃に流し込み。

残りはベッドの下に隠した。

焼酎
フリーフォト足成より引用
そして次の日、朝起きてすぐに酒を入れ、夜寝るまで飲み続けた

ただ、自分の部屋で大人しく飲み、決して人に暴力をふるったり騒いだりはしなかった。

静かなるアル中、サイレントドランカーというやつだ。


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朝から晩まで飲む連続飲酒

どのように飲んだのか、というと。

前の日に商店で買った酒を隠しておいた。

そして朝から晩まで飲む、連続飲酒という飲み方をした

酒 焼酎
フリーフォト足成より引用

ある日を境に、朝起きて夜寝つくまで、仕事もいかずに数日間ひたすら飲みつづけた。

なんで朝から飲むようになったのか、というと。

ある日を境に、晩酌をしはじめたからである。

それまで断酒を頑張っていたのに、ある日を境に、酒を入れ始めた。

家族にばれないよう、自分の部屋でこっそりと。


なんで夜、酒を入れるようになったのか、というと。

それは断酒中に誘惑にまけて「最初の1杯」を飲んでしまったからだ。

最初の1杯が2杯になり、2杯が4杯になり、晩酌となり、最期には朝から晩まで飲むようになってしまった。

こうなってしまっては断酒の事などどうでもよくなる

朝から晩まで飲むことを、連続飲酒発作という。

なんでそうなるのかというと、なぜならばぼくがアルコールの薬物依存症だから。

連続飲酒
フリーフォトPAKUTASOより引用

アルコール依存症者は1、2杯では済まない

アルコール依存症者は、軽く1杯では済まない。

2杯でも3杯でも済まない。

ブレーキが壊れた車のように飲み続ける。

泥酔状態になって、やっと落ち着く

しかしそれも、アルコールが切れてくるにつれ我慢できなくなり、次から次へとアルコールを入れないと気が済まない。

朝、目が覚めたときから、アルコールを欲している

朝から飲むため、仕事に行かれない。

まっとうな社会生活をおくれない。

人によっては、怒鳴り散らしたり、妻や子どもに暴力をふるったり、性的犯罪を犯す。

アルコール依存症が怒鳴る
フリーフォト足成より引用

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最初の1杯さえ飲まなければ、こんなことにはならなかった。

今、広島一有名な瀬野川病院の精神病院・閉鎖病棟、またアル中病棟に入院中である。


AA(アルコホーリクス・アノニマス 断酒会)の冊子より引用

「アルコホリズム(アル中のこと)の専門医も、この最初の一杯を避けるという考え方は医学的にも根拠があると言明しています。直ちにであれ、ある程度の時間がたってからであれ次の一杯を渇望する強迫観念の引き金となるのは、この最初の一杯であり、そのために結局はまた飲酒のトラブルに見舞われることになる。」

・・・・・・AAの冊子「どうやって飲まないでいるか」10頁より引用

家族、会社、断酒会ほか関係者みなさまに多大なご迷惑をお掛けしたことを深くお詫び申し上げます。

また、大酒飲み、軽度のアルコール依存症の方々に、少しでもぼくの体験が少しでもお役に立ちますように


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連続飲酒の恐怖、酒がやめられない

朝、起きてから、夜寝るまで・・・・・・いや、夜中に目が覚めても。

焼酎をストレートで、ひたすら胃に流しこみつづける・・・・・・

連続飲酒5日目のことである。

もうやめられない。

医師 医者
フリーフォト写真ACより引用

この状態はヤバイ」と自分ではわかっていながらも、それを止めることができない。

アルコールが切れてくると、手が震えだし、不安感、イライラが増す。

アルコールが切れてくると、その離脱症状を抑えるため、さらに追加する。

嫁さんとなにかをしゃべっても、まったく記憶に残らない。

テレビをみても、まったく覚えていない。

つねに泥酔状態である。

自分の部屋に閉じこもる。

引きこもりの静かなアル中、サイレントドランカーである。


突然、ポケットの携帯電話が、鳴った。

液晶には、上司の名前が表示されていた。

耳にあてたスピーカーから聞こえてきたのは

「前回のように警察のやっかいになる前に、入院しなさい

そんな言葉だったように思う。

スマホ携帯
フリーフォト足成より引用

僕はかんねんして、入院の覚悟を決めた。

連続飲酒、離脱症状とは

連続飲酒」というのは一般には聞きなれない言葉であるが、ようするに「朝から晩までアルコール漬け」のことだ。

みなさんも深酒をすると、朝起きても酒がのこっていて「二日酔い」になるでしょう。

そして午前中くらいは身体がつらくて「もう、大酒は飲むまい」などと後悔なさる。

そしてしばらくは、お酒関係から遠ざかる。

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ところが、アルコール依存症になると、そこのところがまったく違うのである。

二日酔いがさめるにつれ、じわりじわりと、アルコール離脱症状つまり「離脱症状」がおそいはじめるのである。

手の指先がふるえはじめる。

身体の中がふるえる

ヒザもガクガクと笑い自分の体重をささえられなくなる。


アルコール離脱症状の震え
フリー素材集いらすとやより引用

暑くもないのに額に脂汗がじっとりと浮き出て、しまいにはポトリポトリと床にしたたる。

不安、恐怖、強迫観念が心の奥底にうずまきはじめる。

そうして禁断症状に耐えられなくなると、部屋に閉じこもる。

厳重に隠してあった1.8リットル入り焼酎紙パックを取りだすと、息を吸い、そして一呼吸で流し込めるだけの25%エタノール溶液をゴクリゴクリとノドにながしこむのである。

二日酔いで迎え酒など、一般には考えられないことだが、アルコール依存症者には普通のことである。

空腹でゴクリゴクリと流し込むと、喉、食道、胃がカーッと熱くなる。

そして一息つくと、手の震えがピタっととまる

ヒザの震えもピタリと止まる。

不安、恐怖、強迫観念がうそのように消え、快楽が押し寄せる

要するに、アルコールを追加して禁断症状を麻痺させるのだ。

そしてまた連続飲酒で酒がやめられない、飲み続ける一日が始まる。


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つらいアルコール離脱症状とは

朝、目がさめると、必ずアルコール離脱症状(禁断症状)が始まる。

睡眠薬を酒で流し込んで泥酔して寝たので、睡眠の質はあまりよくない。

ボーっとして、まだ眠気がある。

そして手がふるえる

アルコール離脱症状の震え
フリー素材集イラストACより引用

ベッドから起きて立つと、足が己の体重をささえられないのかと情けないくらい思うほど、ガクガクとゆれだし、悲鳴をあげる。

ガクガクになりながらトイレに行って用をたす。

震えているので、小便が便器からはずれる。

そして極度の不安、恐怖、強迫観念にさいなまれる。

しばらくすると、それらに耐えられなくなる。

隠してあった一升入り紙パックの焼酎をとりだし、まるで水分補給でもするかのように、ゴクリゴクリとノドに流し込むのである。

もちろん、アルコール25%入りの液体を、うすめずにストレートで、ノド、食道、胃に、一呼吸でありったけ流しこむ。

直後、ノド、食道、胃から順にヤケつくような熱さが伝わってくる。

その焼けつくような熱さが快感だ。


そして、10も数えないうちにピタリと手足のふるえが止まる

恐怖、不安間はどこかへ消え去り、その代わり安心感と幸福感で心が支配される。

心がえもしれぬ快感に満たされる。
アルコール依存症が酒を飲む
フリー素材集PAKUTASOより引用

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アルコール依存症者の生活

そしてやっと、ベランダに出向き、タバコに火をつける。

世の中のサラリーマンが出勤している。

小学生たちも並んで登校している。

高校生たちが自転車で登校している。

ベランダでそれらをみながら良心が痛むかと思えば、そうでもない。

すでに酔っているからだ。

一服が終わると、また部屋に戻り飲み直す。

酔いが覚めそうになると、さめる前にまたゴクゴクとやる。

焼酎がなくなれば、こっそりと近所の商店に買いに行く。

財布ごと没収されたこともあったが、そこは昔ながらの商店なので、ツケがきく

「あ、財布を忘れた」

と、とぼけてツケにしてもらう。
商店 酒屋
フリーフォト足成より引用

コンビニにはない、便利このうえないシステムだ。

飲酒を、次の夜、寝る寸前までえんえんとつづける。

そして朝、目を覚ますと、また同じことを繰り返す。

これが「連続飲酒」である。

こうなると、もう止まらない。


自分の意志では止めることが出来ない。

「喉が渇いたので水が飲みたい」とか「腹が減ったので食べたい」のと同じように、「酔いが覚めたら飲みたい」のである。

ほとんど本能の欲求に近い。

「これはマズいな」と、心のどこかで思っていても、もはや手遅れなのである。

これを止めるには、もはや入院するしかない。

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アルコール離脱症状が続く

「この状況はマズい、このままでは精神病院送りだ

ときおり自覚はする。

危機感を覚える。

しかしアルコールの離脱症状には耐え切れなかった。

朝から晩まで酒をあおり続けた。


自分ではもう、どうしようもできない。

止めることができない。

アルコールが切れたとたんに、手が振るえ、足が震え、恐怖心が襲いかかり、離脱症状にみまわれる。

アルコール離脱症状の震え
フリー素材集いらすとやより引用


もう、素面(しらふ)になることが耐えられない。

自力で素面に戻れないところまできてしまった。


その連続飲酒を断ち切るきっかけとなったのが、前記事で述べた上司からの一本の電話だった。

警察のやっかいになるまえに、入院しなさい

そのような言葉だったのを、わずかに残っていたぼくの正気の部分が記憶している。

上司からの電話 スマホ
フリーフォト足成より引用

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入院の覚悟を決める

そして僕はようやくあきらめて、観念した。

酒を切るために入院しようと思った。


ところが、そこから記憶がとんでいる。

そこから、まったく覚えていない。

抗うつ薬と酒でブラックアウト、失神した。

(ブラックアウト=酒で記憶喪失すること)

次の記憶は、主治医の診察をうけている場面にとんでいた。

嫁さんに後から聞いた話では、その時の僕は見るも無残な姿だったらしい。


酒でブラックアウト、失神して失禁する

ベッドの上で酒でブラックアウトし、失神して失禁していたそうだ。

ようするに、嫁さんが入院の準備をしているあいだに、僕は寝室にいきそこで意識をなくして小便をたれ流していたのである。

40を過ぎた男が、ベッドの上で失神し、小便を垂れ流していたのである。

ブラックアウトして失禁
フリーフォト写真ACより引用

そして悪いことに、5歳の次女が父親のその姿を目撃した

なんでそうなったかはまったく記憶にないのだが、理由はわかりきっている。

ぼくが酔っていて、そういう覚悟をした場合、絶対に次の行動をとるはずだ。

最期の酒」と称して、紙パック焼酎一升の、ありったけの焼酎を胃にながしこんだのである。

そして僕はあっという間に意識をなくし失神し、尿意があっても目覚めることすらなく、失禁して尿を垂れ流した・・・・・・


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瀬野川病院に入院するまでブラックアウト

ぼくは自力では素面(しらふ)に戻れない。

酒が切れると離脱症状がでる。

手の震え、足の震え、発汗、恐怖感、不安感

それに耐えられず、どうしてもアルコールを追加飲酒してしまう。

どうやっても自力では切れない。

連続飲酒
フリーフォトPAKUTASOより引用

これはかなりまずい。

会社にもちろん行けないどころか、まともな日常生活すら送れない。

ぼくはアルコールを切る覚悟をした。

瀬野川病院(精神病院)に入院して、治療する覚悟をきめた。


そして「最期の酒」と称して、紙パックのありったけの焼酎を胃にながしこんだ

記憶はまったくないが、ぼくはそうしたハズだ。

それからは、一切の記憶がない。

抗うつ薬と酒でブラックアウト(記憶喪失)してしまったからだ。


しかし、記憶がないのは本人だけで、嫁さんは鮮明にその間のことを覚えていた。

後日、聞いたところによると、瀬野川病院に連絡した時には、僕の意識はすでになかったらしい。

瀬野川病院は「市から救急指定をされている」病院だ。

しかし、電話をかけてみると

「意識がない患者はこちらとしても困るので、よそで胃洗浄かなにか救急処置をして意識が戻ってきてからつれて来て欲しい」

と言われたそうだ。

医者 医師
フリーフォトPAKUTASOより引用

救急指定をされているのに「よその病院で救急処置をしてこい」とはおかしな話だ。

が、それにいちいち文句たれてる余裕はない。

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ブラックアウトし失禁しまくり

ベッドで小便をたれながしている僕の下着をきがえさせ、そして嫁の妹を呼び寄せ、2人がかりに車にのせたそうだ。

さらに、応急措置のため、あわててあちこちの救急病院に電話をかけた。

しかし、酒を飲んでブラックアウトしている精神病患者はどうやら病院でも扱いが面倒くさいらしく、たらいまわしにされたそうだ。

そのあいだ、僕は車のなかで失神し続けていた。

精神病院へ
フリーフォトPAKUTASOより引用

結局は瀬野川病院に入院手続きをした。

が、入院するまでブラックアウトし失禁しまくっていた。

それは次の記事に書くが、手続きのあと、また保護室に入れられた。

また鉄格子の中へ・・・・・・


ひととおりの処理を済ませて病院から帰ってくると、5才の次女は異変に気づいていた。

「父さん、どうしたの?

 父さん、もう帰ってこないの

 父さん、死んだの?

そう、ずっと聞いてきたのだと。

とてつもなく悪い影響を娘にあたえてしまった。


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精神病院で医師の診察を受ける

嫁さんとその妹は、意識のないぼくを無理やり車にのせて、広島一有名な精神病院、瀬野川病院へと向かった。

家から瀬野川病院までは、20キロ以上はある。

●瀬野川病院
画像20131014瀬野川病院 瀬野川病院HP
瀬野川病院ホームページより引用

運転の苦手な嫁さんは、めったに通らない道を、意識のない酔っぱらいを後部座席に乗せて、苦労して運転していったのだろう。

そんなことはつゆしらず、失神しているぼくは車のなかで小便をたれながしつづけていた。

次に気づいたのは、医師との診察の場面だった。

医師の診察を受けた」という部分だけは、強く記憶してていた。

前回入院したときの主治医はひどかった。

はっきりいって嫌いだった。

今診察しているのは、前回とはべつの医師で評判がよかったため、今回の主治医になってほしいと強くお願いした覚えがある。

医者 医師
フリーフォトPAKUTASOより引用

しかしその時の様子も、だれが一緒にいたかも覚えていない

医師の顔以外はまるで覚えていない。


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医師の診察を受けた結果

本人はそのくらいの記憶だが、嫁さんにあとから聞いた話では、

イスに座ることもままならない酔いっぷり」だったので、ストレッチャー(患者を運ぶための車輪付きの担架)に乗せられたまま、意識のないままに医師に診察されていたとのこと。

駐車場から診察室まではけっこう歩かねばならないため、駐車場からすでにストレッチャーに乗せられていたんだろう。

時々目を覚ましては、何か言おうとストレッチャーの上で起き上がろうとした。

だが、起き上がってもフラフラして倒れ込む。

ストレッチャー
フリーフォト写真ACより引用

ちゃんと座ることすらできないほど酔っていて、何を言っているのかもよくわからない。

アルコールを抜くための点滴を打った。

そのまま失神して、意識が戻らなかったらしい。

嫁さんは入院の手続きを済ませ、必要なモノが入れてあるボストンバックを預けた後、帰宅したとのこと。

しかし嫁さんが同席していたこと、手続きをしたこと、ボストンバッグのことなど、まるっきり覚えていない。


本人は「医師の診察を受けた」と思い込んでいたのだが、診察どころじゃなかったのだ。

我ながら

「いくらなんでもずいぶん無茶苦茶な酔いかたをしたんもんだ」

と思い、酒飲みとして、いや人間として恥ずかしくなった。

どこかを通って、どこかのドアが開き、どこかへ連れ込まれた。

次に気がつくと、ぼくは鉄格子の部屋にいた。

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隔離病棟、鉄格子の保護室へ

精神病院のストレッチャーに乗ったぼくは、どこかを通り、どこかのドアをあけ、どこかに入れられた。

気がついて正気にもどると、ぼくは、鉄格子の部屋にいた。

隔離病棟の保護室だ・・・・・・

隔離病棟の保護室
フリーフォト足成より引用

茶色いな、と思った。

ゆかは、茶色のタイル。

正面は、茶色のペンキで塗られた鉄格子と、茶色のペンキで塗られたの鉄とびら。

鉄格子の柱と柱のあいだに、透明なプラスチックの板がはめられている。

左右は、茶色い木の壁。

木の壁には、「早く出せこのやろう」とか「〇〇くん好き」とか、爪でひっかいて書いたであろう文字が読み取れる。

上を見上げると、うす茶色にしみついた、元々は白であったであろう天井。

その天井には、古い蛍光灯と、20センチくらいの円のスピーカー、直径10センチくらいの火災報知器、それにスプリンクラー。

隅のほうに、黒い60センチ平方のプラスチック板、その向こうに透けてみえるのは監視カメラ

目に付くもの、すべて茶色だった。

茶色でない色はというと。

床に直に敷かれた一畳くらいの水色のマット。

マットの上に、ベージュの古ぼけた敷ぶとん。


保護室の布団にカバーはない、トイレも流せない

その敷きぶとんにも、うすピンクの掛けぶとんにも、カバーすらかけられていなかった。

背中がわには、奥に一畳ほどの空間があり、ステンレスの黒色の便器があった。

トイレットペーパーは、便器の横に投げてあった。


保護室のトイレ
フリー素材集イラストACより引用

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トイレをしても、自分では流せない。

水に顔を突っ込む人がいるのだろうか。

毎回、トイレをする都度、看護師を呼ばなければならない。

そう、前回と同じ。

通称「」、隔離病棟の保護室と呼ばれる、病室の中に、ぼくはいた。

もちろん、鉄のとびらには鍵がかけられていて開かない。

4畳半くらいの部屋の中には、ぼく、ただひとり。

前回入院した時と同じだ。

右となりにも、左となりにも、同じ部屋がある。

今は静かだが、夜になると怒鳴り暴れまわる患者がいてなかなか眠れなかった。

嫁さんは耳栓を準備してくれただろうか。


正面の茶色い鉄格子と、鉄のドアを見ていた。

今、1分ほど時が過ぎた。

いや、今すぎたのは、10分くらいじゃなかったか。

それとも1時間くらい過ぎたのではないか。

時計

フリーフォト足成より引用

時計がないので、時間がまるでわからない。

自分のなかで、時が流れているのか、止まっているのか良く判らなくなった。

1分だったかもしれないし、1時間だったかもしれない。

また保護室か。

ここに何日も閉じ込められたら、気が狂いそうになる。

刑務所の独居と同じだ。

正気でいられなくなる。

正気を保てなくなる。

はたして今回は、何日閉じ込められるのか。

そんなことを考えつつ、茶色の鉄格子を見ながらぼうぜんとしていた・・・・・・


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保護室で後悔していた

ぼくは保護室とよばれる隔離病室でぼうぜんとしていた。

酒を飲んだことを後悔していた。

なぜ1杯でやめれなかったのだろう。

なぜ朝から飲むようになってしまったのだろう。

そんなことを考えながら、ほかに見るところがないので、ときおり通りかかる看護師たちを見ていた。

看護師の声を聞いて、他の患者層の想像をしていた。

看護師
フリー素材集イラストACより引用

どのくらい時が流れたのか。

1時間か。

2時間なのか。

時計すらないので、時が永遠に感じる

ふと視線をおろすと、うす汚れたベッドのわきに白い紙切れが置いてあるのが目に入った。

それを手を伸ばして取った。

その紙切れは、「医療保護入院に際してのお知らせ」と題うってあった。


任意入院ではなく医療保護入院となりあぜんとする

医療保護入院!

ぼくはその六文字に目が止まり、頭が真っ白になった。

自分から病院にきたのに、任意入院じゃないのか?

なぜ、「医療保護入院」になっているんだ・・・・・・

これはどういうことかと言うと。

まず、入院には3種類ある。

「任意入院」

「医療保護入院」

「措置入院」

この3種だ。

ざっくり説明すると、こういうことである。

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任意入院とは

これは自ら病気を治すために病院に来て入院した患者なので、病状が良くなれば、自分の意志で自由に退院できる。

自由に、いつでもだ。


医療保護入院とは

これは自由に退院できない。

医者の判断と、保護者(家族)の同意が要る。

いくら本人が退院したいといっても、だめなのだ。

病状が良くなったことを医師が判断し、試験外泊といってお試しで1泊か2泊か家に帰り、生活に問題がないことを家族に判定してもらう。

両方の許可がないと退院できない。

刑務所にいれられたようなものだ。


措置入院とは

これが最も厳しい処置で、警察からの指示で留置場や拘置所から送られてくる患者たちだ。

実刑ではなく、病院に拘留される。

何か月か入院したのち、医師の判断により措置入院から医療保護入院へ切り替えられる。

それから退院までもが長い。

もちろん、自分の意思では退院できない。

違法薬物で警察に逮捕されたり、酒で酔って器物破損や傷害事件を起こした人が多い。

酔っ払い
フリーフォトPAKUTASOより引用

ぼくは自分から病院に来たのだから、当然「任意入院」だと思い込んでいた。

それなのに「医療保護入院」だという。

あ然として、頭が真っ白になるくらい混乱した。

困惑し、錯乱した。

なぜ、こうも動揺するのかというと・・・・・・


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入院の種類

入院には三種類あることは述べた。

任意入院

医療保護入院

措置入院

そして、ぼくはアルコール依存症を治すために、酒を断つために自分から病院に来たのだから、当然、任意入院だと思い込んでいた。

断酒
フリーフォト足成より引用

それなのに、医療保護入院だという。

あぜんとして気落ちした。


医療保護入院は退院ができない

なぜ、こうも動揺するのかというと・・・・・・

前記事でも説明したが、再度、言葉を変えて説明すると


任意入院

精神的に調子が悪いなどで、自分から病院を訪れて診察してもらい、入院した人。

また、自分で精神病の悪化に気づき、自ら病院を訪れて入院した人。

入院中は当然、治療を受ける。

自分の意志で入院したので、自分で「退院したい」と思えば、いつでも自由に退院する事ができる。

ぼくは2、3週間ほど入院して酒を断ち、禁断症状が収まった頃を見計らって、自分で退院しようと思っていた。

ところが「医療保護入院」になると、話は違う。

医師 医者
フリーフォト足成より引用

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医療保護入院

医療保護入院は、医療計画がたてられ、その計画通りに治療がほどこされる。

その計画は、たいていワンクールの3ヵ月だ。

「治療」といってもアルコール依存症患者の場合は、ビタミン剤を点滴され、あとはひたすら酒害・断酒のための勉強会・セミナーに出席・断酒会に出席しなければならない。

アルコール依存症は、現代ではまだ治癒することはできない病気だからだ。

少なくとも、2ヵ月から3ヵ月は入院しなけばならない。

退院はできない。

数ヶ月にわたり、この塀の中から出ることができない。

懲役、実刑3ヶ月ということである。

医者が退院許可を出さなかったり、家族が同意しないケースでは、さらに長期間、塀の中にいなければならない。

数週間のつもりが、数ヶ月の服務となってしまったのである。

あぜんとして気落ちした。


措置入院

措置入院の場合は、警察がからんでくる。
警察官
フリーフォト写真ACより引用

違法薬物で警察に逮捕された人たち。

酔っぱらって器物破損、傷害事件を起こした人たち。

また、精神病などで器物破損、傷害事件を起こした人たち。

それらの人が対象となるため、医師、保護者、それに加えて警察も介入してくることになる。

数か月入院の後、主治医の判断でやっと医療保護に切り替えられるため、長期間入院しなければならない。


慢性期病棟の特徴

上記のほかに、精神的に慢性疾患の患者は、長期間入院することになる。

パーソナリティ障害、社会適応障害、重い統合失調症、窃盗癖があり何回も繰り返す人、違法薬物がやめられず何回も再使用する人、その他もろもろ・・・・・・

何年も入院している患者がいる。


ぼくは任意入院のつもりが想定外の医療保護入院で、退院ができずあぜんとして、脳が思考停止した。


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