うつ病でアルコール依存症:人生終わった男の闘病記・体験談

閉鎖病棟の体験談から、アルコール依存症・うつ病の闘病記。
2児の父が急にうつ病で倒れた。酔いにまかせて仕事にいくも今度はアルコール依存症だと。
家族から精神病院に何回も入院させられ、断酒に挑戦するが失敗。抗うつ剤、睡眠薬はいまだかかせず・・・・・・

うつ病、アルコール依存症にならないよう、みなさんのお役にたてればと思います。

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カテゴリ: アルコール依存症 精神病院・入院体験談3

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※断酒203日目

自分の送別会

会社のふくさんとはお別れじゃが、ふくちゃんとは個人的におつきあいをしたいのう・・・・・・

という、自治会長の言葉がとてもうれしかった。


御年70才の長老に認められている感が、とてもうれしい。


当時、ぼくは会社を辞めることになっていた。

そしてそのころ密に関係を保っていた、近隣地区の自治会長が、送別会を催してくれた。

自分の送別会なので、断るわけにもいかない

送別会には、自治会長とその若い衆3人ほどが来てくれるという。

うちの会社からは、ぼくのほかは2名だ。

こじんまりとした送別会だった。


そしてそれは開催された。

31階建て高層マンションの2階、会議室

たたみ、茶色の質素なテーブルと座ぶとんの和室。

本棚と、独身部屋にあるような小さな冷蔵庫、窓が2つ。

トイレ。
マンションの管理人室
フリーフォトPAKUTASOより引用

マンション管理組合だとかがちょっとした打ち合わせに使うのだろうか。

そこで仕出しを持ちより、「ぼくが主人公」の送別会がひらかれた。

3月18日、陽がおちるとスーツでも肌寒い、そんな日だった。


もちろんうちの社員たちは、ぼくがアルコールを飲めないことは知っていた。

お客さまでいちばんエライ長老、自治会長にも「実はドクターストップで、飲めない」旨を伝えておいた

ところがその最も重要な情報は、「若い衆の買い出し担当係」にまったく伝わっていなかった。

ビール、焼酎、酒はたくさんだが、ソフトドリンクが無い

和室の各個人個人の前に置かれた、いかにもな高そうな仕出し。

自治会の買い出し担当係が「どうだ」とは言わず広げたスーパーの白いビニールからは、ビール3箱、日本酒が数本、そして焼酎も数本

酒だらけ。

いや、酒だけ


しかし、特に気には留めなかった。

それは、なぜか。

それは、3年間、断酒し続けたから。


会社の飲みには全部出席し、お茶とコーラで済ませて帰る。

3年ほど、それで何も問題は起きなかった。

「これまでと同様、喰ってさっさと帰ればいい」

そのくらいにしか考えていなかった。


慢心していた。

断酒し続けた自信が、逆にアダとなった。

仕出しは酒飲み用に、とても塩辛い味付けだと気づくまで。

そして、長老がコップ(小)にビール半分ついで、「このくらいエエじゃろ」と勧めるまで。

塩辛い仕出しばかり、ソフトドリンクが飲みたい

仕出し
フリーフォト足成より引用

仕出しの茶色いトコブシは美味しく煮込んであったが、酒呑み用で塩辛かった

立派なホタテ貝の煮付けも旨かったが、やはり塩辛かった

くるま海老を赤く塩焼きしたヤツも、やはり塩辛かった


1時間ほどは、楽しい時をすごした。


しかし、喉が激しく渇いてきた

お店なら、お茶でも水でも注文すればよい。

しかし、ここの水源地はトイレしかなかった。

「何かで、喉をうるおしたい。」


・・・・・・酔っぱらった長老がそれを察してか、コップ(小)に半分ほどのビールを注ぎ、ぼくに差し出してきた。

ビール
フリーフォト足成より引用

このくらい、エエじゃろう

自治会長は酔っぱらって、ぼくが「酒を全く飲めない」と言ったことを、すっかり忘れたらしい。

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※断酒204日目

「このくらい、エエじゃろう」とビールを差し出された

ぼく自身の送別会が、マンションの管理人室で行われた。

若い衆が買ってきたのは酒だけで、ソフトドリンクはなかった

管理人室は
水道はなく、トイレしかない。

塩辛い仕出しで、次第に喉が渇き、たまらなくなっていた。

このくらい、エエじゃろう

長老が、コップ半分にビールを注いで、ぼくの目の前に差しだした。
ビール
フリーフォト足成より引用

場の空気は70歳の長老に支配され、もう 「飲め飲め」 モードになっていた。

スリップ、再飲酒の誘惑

酒飲み用に塩辛い仕出しに、喉の渇きを1時間はがまんしていた。

でも、何かで喉をうるおしたくて仕方なかった。

目の前差し出されたビールに、ぐらついた。


今や3年断酒している。

たったのビール半分で、今までの苦労がすべて泡となる。

しかし強烈に喉が渇いた。

なんでもいいから飲みたい。
水 喉が渇いた
フリーフォト足成より引用

他の7人はワイワイと 「今すぐに飲め」 という。

「アルコール依存症だから飲んではいけない」 ではなく、「肝臓が悪いからドクターストップなんよ」 と真実を隠していたのも拍車をかけていた。

肝臓が悪くても、ひとくちくらい大丈夫じゃろう

そんな空気だった。

アルコール依存症だとカミングアウトしておけばよかった。

しかし、それはすでに時遅しの状況になっていた。

ついにスリップ、再飲酒してしまった

ついに・・・・・・手を出してしまった。

考えると、
何もかも言い訳にしていた。

「喉が渇いてたまらない」「若い衆がソフトドリンクを買ってこなかった」「部屋に水道がない」

何もかも言いわけにしていた。

コップを手に取り、大衆の望み通り 「ごくり」 と口に含んだ。
ビールを飲む
フリーフォト写真ACより引用

3年ぶりに飲んでしまった

スリップ、再飲酒してしまった。

すぐに、大罪を犯した気分になった。

そしてビールのえぐみとともに、のどから胃が火照ってきた。


久しぶりのビールはさぞや旨かろう、と思うでしょうが、実はそうでもない。

こんなもんだったっけ

そう、アルコール依存症者にとって、酒は特に美味いものではない。

酒は単に酔っ払うための、心地よい泥酔感を味わうための
道具、薬物にすぎない。

断酒中のスリップ、再飲酒は飲みだしたら止まらない

そしてコップ半分のビールでやめとけばよいものを。

アル中の人は必ず次のように考える。

コップ1杯も10杯も同じことや。スリップ、再飲酒したことには変わりないやろう。」


それからは、何杯飲んだか覚えていない。

3年我慢していた酒を、ダムが崩壊したかのように飲んだ。
乾杯 ビール
フリーフォト写真ACより引用

その後すぐにブラックアウトした。

※ブラックアウト=飲んで記憶がなくなること。
アルコール依存症者は、まるで笊(ざる)のように酒を飲む。
しかし、うつ病など精神病を併発していたりするため、薬の影響でたった2・3杯でブラックアウトする人が多い。

家が大嵐になった

次の日の朝、二日酔いのまま目が覚めた。

そしてぼくが飲んでしまい泥酔したことで、
台風のように家中が大嵐になった

嫁や義母はおおいに
立腹、立腹どころか激昴、過去の精神病院への入院・惨事がフラシュバックし、感情のコントロールができなくなっていた。

信じていたのに裏切った
、子どもへの悪影響、今後はどうするつもりなのか、とにかく責められ続けた・・・・・・

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※断酒205日目

ぼくが飲んで泥酔したことで、台風のように家中が大荒れした。

嫁や義母はおおいに立腹、立腹どころか激昴、過去の精神病院への入院・惨事がフラシュバックし、感情のコントロールができなくなっていた。

信じていたのに裏切った、子どもへの悪影響、今後はどうするつもりなのか、とにかく責められ続けた・・・・・・
嫁 激怒
フリーフォトPAKUTASOより引用

再飲酒により飲酒欲求が復活


アルコール依存症者は、たった一回のアルコール摂取、再飲酒により飲酒欲求が復活する。

長い期間、数か月、数年と断酒を続ければ、飲酒欲求がほぼゼロになってくる。

そのままアルコールを断ち続ければ、平穏に過ごすことができる

家庭も仕事も平和に、肝臓のガンマ-GTPも健康値に戻り、健常者と同じように生きることができる。

酒さえ我慢すればよい。
酒 断酒
フリーフォト足成より引用

しかしアル中というのは、「家庭よりも仕事よりも酒を選んでしまう」 という生き物である。

そして、たった一杯のアルコールにより飲酒欲求が100%復活する。

まるで禁煙していたニコチン中毒者が、たった一本のタバコでそれまでの努力を台無しにするかのように。

大量飲酒の復活

これまで我慢していた酒を、せきを切ったように大量に飲む。
再飲酒 大量飲酒
フリーフォトPAKUTASOより引用

これを山型飲酒という。

さらには、ほぼ連続飲酒に発展する。

連続飲酒・・・・・・朝起きてから寝るまで、酒を飲み続けること。
健常者は朝起きてすぐに酒を飲もう、なんてことはまるで思わない。
ところがアル中は、ニコチン中毒者のように朝からアルコールを欲する。

逆にいうと、朝からの連続飲酒によって出社すらままならなくなり、最終的に 「アルコール依存症」 と診断されるのである。

飲酒によりうつ病が悪化する

これはうつ病の常識になるが、酒を飲むと必ずうつ症状が悪化する。

うつ病にアルコールは厳禁であり、さらにアルコール性うつという症状が重なってくる。

ぼくの胸はしめつけられるように痛くなり、ジアゼパム(精神安定剤)をかじってもかじっても不安感がおさまらなくなった

その不安感や恐れをまぎらわすため、さらに飲む。

酔ってしまえば不安感は消える。

しかし酔いが覚めればさらに強い不安感が襲ってくる。

それを消すため、さらに飲む。

また不安感が強くなる。

どんどん負のスパイラルに落ちていく。

わかっていても止められない。

誰かぼくをなんとかしてくれ!!
負のスパイラル 悩む
フリーフォト足成より引用

飲酒により出社ができない

前述した 「ぼくが主人公」 の送別会が行われた後、4月から新会社に出社する予定だった。

しかし4月に入っても、出社ができなかった。

正確にいうと、3日は出社した。

2週間でたった3日。

連続飲酒までにはならずなんとか我慢していたが、飲酒は止められず 「連日飲酒(晩酌)」 はどうしても止められなかった。

嫁がたまりかね、
「次の月曜までに止めなければ、また精神病院に入院させる。」
と言いだした。

※病棟から一歩も出ることのできない、閉鎖病棟

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※断酒206日目

酒を止めて仕事にちゃんといく

妻がたまりかねて
月曜日までに酒を止めなければ、また精神病院につれていく
と言いはじめた。
※患者は一歩もシャバに出ることのできない、閉鎖病棟。

わかった。 明日こそ酒を止める。 仕事にもちゃんと行く
ぼくはそう約束した。

そして前の日、 「最後の晩さん」 のつもりでたらふく飲んだ。
目が覚めると二日酔いだった。
気分が悪い。
二日酔い
フリーフォト足成より引用

とても新会社に行く気分じゃない。
子どものおもちゃ箱の底をさぐり、隠していた安焼酎のストックを見つけ朝から胃に流し込んだ。
脳にエタノールを供給した。

アルコール依存症者は、酔えればいい

ほとんどのアルコール依存症者は朝から晩まで大量に飲酒するため、いかに安くアルコールを購入するかに知恵をしぼる。
味なんて関係ない
以前飲んでいた、高価なワイン、熟成されたシングルモルト、肴にあう純米吟醸などにまったく興味がなくなる。
とにかくアルコール依存症者は、酔えればいい。
どれだけ安くアルコールを摂取できるか。
その安いアルコールでどれだけ酩酊できるか。

あるアルコール依存症者は、スーパーに並んでいる大きな透明ボトル、4リットル入り焼酎を購入する。
別のアル中は 「ひねる注ぎ口」 のついた3リットル紙パック入りワインを買う。
単位はすべて 『リットル』 になる。
4リットル焼酎
Amazonサイトより引用

酒を隠し始める

しかしそれは、家族がまだ飲酒を認めている場合だ。
アルコール依存症と診断されると、それは一体ナニモノカと家族が勉強をし始める。
自助グループに参加したりもする。
そして、あげくのはてに 「酒を飲むな」 と言いはじめる。

そうなると次は、家族に見つからないよう酒を隠し始める
ベッドの下、タンスの奥、本棚の裏。
最初のうちは、それら空き缶や空き瓶をコンビニのゴミ箱にすてるなど、証拠隠滅を行う。
酒の空き缶
フリーフォト写真ACより引用

しかしだんだん、飲んで酩酊することだけに満足し、完全犯罪が面倒くさくなってくる。
隠していたのと同じ場所に空き瓶を戻すだけとなる。
そして証拠をどこに隠していたか本人ですら覚えていない、という具合になる。
酒の空き瓶
フリーフォト写真ACより引用

酒ビンはないのに、猛烈に酒臭い。
不信に思う妻が酒の隠し場所を探しあてると・・・・・・本棚の裏に蓄積されたワンカップ安焼酎220ccの空き容器の山が。

激昴した妻に責められると、酔った頭で次の隠し場所を考え、また酒を隠し始める。
トイレの棚の上、子どものおもちゃ箱の底など。
そしてまた、どこに隠したか忘れる

たまたま忘れたころ、隠していた新品の焼酎が見つかることがある。
これは非常に嬉しい。

精神病院へ

話しはもどる。
ぼくは 「酒を止める」 と約束した日の、朝から飲んだ。
妻との約束をやぶった。

そしてあきれ果て、すべての希望を失った彼女の運転で、精神病院へ向かった

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※断酒207日目

酒を止めると約束したのに、迎え酒をした

ぼくは 「酒を止める」 と約束した日の、朝から飲んだ。
「最後の晩餐」として昨晩たらふく飲んだ。

二日酔いになり、朝、気分が悪かった。

子供のおもちゃ箱の底をさぐり、底に隠してあった焼酎のストックで迎え酒をした。
二日酔いの迎え酒
フリーフォトPAKUTASOより引用

妻との約束をやぶった。
そしてあきれ果て、すべての希望を失った彼女の運転で、精神病院へ向かった。

アルコール依存症の子供への悪影響

家は広島市内の北のほうなのだが、病院は市内をはさんで反対側にある。
20キロ以上は離れている。
車で1時間以上かかる。
その長い道中で、2人の子どもたちの様子を聞かされた。

思春期に入った娘、長女ナナ(当時中2)は攻撃的になっていた。
母親が悲しむ姿、涙する姿をずっと見ていた。
そして
うちが父さんの息の根を止めてやる!
と叫んだらしい。

まだ幼いチー (当時小3) は寡黙でおとなしいが、
父さん、もうやめて!
と大泣き叫んだらしい。

ああ、全く知らないし、まったく覚えがなかった。
アルコール依存症の子供への悪影響は相当なものだった。
知らなかった。
 「うちが父さんの息の根を止めてやる!」 と実の子供に言わせるまでの悪影響を与えていたことを。

任意入院のつもりが、医療保護入院となった

病院へ到着し、主治医の診察を受けた。
ぼくは晩酌をしていただけで、連続飲酒までは進展してないつもりだった。


酒を抜くために、2~3週間の任意入院のつもりでいた。

任意入院とは
入院には3種類の形態ある。

任意入院:自分の意思でいつでも入退院できる、もっとも軽い入院。

医療保護入院:保護者(親や妻など)が許可を出さないと退院できない
いくら退院したくても、保護者が認めないと退院できない。

措置入院:酔っ払って警察沙汰の事件をおこしたり、あるいは覚醒剤などの犯罪をおかしてしまった場合。
警察の拘置所から強制的に入院させられる。
警察が認めないと身動きできない、もっとも重い形式。

ぼくが 「任意入院にしたい」 の旨を主治医に伝えると、

この状態で任意は無理ですね。保護にします

え、なんで?
医者 医師
フリーフォトPAKUTASOより引用

朝一飲んだ酒が、いまごろ効いてきたのだろうか。
聞くところによると、そうとう酔っていたらしい。

ぼくはしぶしぶ承諾し、保護入院となった。
それでも2~3週間で退院できるだろうと、たかをくくっていた。

医師の診察室の自動ロック

ちなみに診察室のドアは、医者デスクのボタンでロックされるようになっている。
保護者に強制的に連れられてきた患者が、逃げようとしても逃げられない仕組みだ。

以前、断酒会に来ていた夫婦。
奥さんが旦那さんを入院させようとして、診察に訪れた。

旦那は入院する気はなかった。
診察が進むにつれ、話はどんどん入院の方向に進んでいった。
旦那は、思わず奥さんの顔をはたいた
夫婦喧嘩
フリーフォトPAKUTASOより引用

医者はボタンを押してドアをロックし、看護師を呼びつけた
屈強な看護師が2、3人現われ、旦那をむりやり病棟につれていき、入院の運びとなった。

ぼくはなにもしていないが、屈強な看護師たちに囲まれ、むりやり保護室、鉄格子の独房へ連れて行かれた。
精神病院の保護室 鉄格子
フリーフォト足成より引用

なぜ看護師が屈強かというと。
男性の看護師はみな、柔道の段持ちだからである。
病院内には柔道場もある。

なぜ柔道かというと。
暴れるキチガイ患者を取り押さえるためである・・・・・・

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※断酒208日目

精神病院、閉鎖病棟の保護室とは

精神病院でぼくは屈強な看護師たちに囲まれ、むりやり閉鎖病棟の保護室、鉄格子の独房へ連れて行かれた・・・・・・
そしてすぐに点滴、点滴、点滴の嵐である。点滴
フリーフォトPAKUTASOより引用

身体中に染みわたったアルコールを抜くための点滴。

ピンク色で透明な点滴袋からのびたチューブの先の針を、腕に刺すこと計4回。
いや精神科の看護師はヘタクソなので、ぼくの腕に浮いた太い男らしい血管を外しまくり、刺しまくることそれ以上。
点滴袋を確認すると、「ブドウ糖」 「ナトリウム」 くらいの成分しか入っていない。

前の入院では連続飲酒に入っていたため、酷いアルコール離脱症状に襲われた。

体中の震え、したたり落ちる脂汗、耐えられないほどの不安感にやられた。
そのときは離脱症状に耐えられず、セルシンを処方されたと思う。

セルシン: 成分はジアゼパムの精神安定剤。アルコール離脱症状がひどい時は処方される場合が多い。

アルコール離脱症状 手の震え
フリーフォト足成より引用

点滴のスピードを速める

ぼくははっきり言って点滴がキライである。
いや 「点滴が好き」 「好きで好きでたまらない」 人などいないでしょう。

とにかく身動きがとれなくなるため嫌いである。
点滴はイヤだ。

で、なにをするかというと。
みなさんご存知の、点滴チューブの真ん中あたりにある 液の落下を調節するプラスチックの部品をいじくるのだ。
注入スピードをマックスまで上げる
「ポタ、 ・・・・・・ポタ、・・・・・・ポタ、」 と落ちる点滴液を、「ポタポタポタポタポタ」 まで早める。
点滴のスピードを早める
すると、2時間かかる点滴が、30分で済む
看護師の足音が聞こえたら元に戻す。
見つかったら怒られるので。

次に何が行われるのかというと。

看護師による、病棟内の案内である。
ところが、ぼくは過去3回 計6ヶ月以上もここに入院していたため、看護師たちはぼくを覚えていた。

今から病棟の案内をします・・・・・・ あ、ふくさんはご存知だからいいですよね
うれしいやら悲しいやら、複雑な気分になる。

精神病院の閉鎖病棟、保護室とは

それではぼくが案内いたします。

ここは瀬野川病院という精神病院で、通称 「Z」 と呼ばれる隔離病棟、鉄格子の独房、保護室である。
左右に10部屋づつ、計20部屋の監獄だ。

男女は関係なく、1人1部屋。

そして合流地点に看護師詰所があり、デイルームがあり、テレビと少年マガジンやジャンプが置いてある。
「りぼん」 「別冊マーガレット」 は置いていない。

すべての部屋、廊下に監視カメラが設置され、詰所のモニターで監視されている。
監視カメラ
フリーフォト写真ACより引用

保護室には布団が地べたに置いてあり、シーツは無い
シーツを引きちぎればヒモになり、首をくくる患者がいるからだろう。

トイレは各部屋にあり、まるで刑務所のように扉は無く、用をたす姿があらわになる。
いくつかの部屋は便を出しても自分で流せず、外にあるボタンを看護師が押すことになっている。
下痢の場合、部屋中に臭いが充満する。
ほんとうに刑務所と変わらない・・・・・・

保護室の壁は木板。
爪で引きちぎるように書かれた 「帰りたい」 という文字や、「たっ君LOVE」や、やたらめったにツメで引き裂かれた線が無数に浮かび上がる。

朝7時20分、昼11時20分、夕方5時20分の食事の時間になると、入院したばかりの患者には部屋に運ばれてくる。
一週間ばかり経って気分が落ち着いた患者は、保護室を出てデイルームに行ってみんなと飯を食う。

その後、一斉に服薬がある。

患者によっては薬を拒絶したり、飲んだフリをしてトイレに流すヤカラもいる。
そのため口をあけ舌もあげ、ちゃんと飲んだことを看護師へ見せなければならない。

その後、中庭へのドアが開放され、タバコが一本だけ吸える。

朝食、昼食、夕飯後、それと午後3時に1本、計4本

タバコが少ない、ニコチン離脱症状に悩まされる

このタバコ4本というのが、実は厄介だった。
タバコを何時間も我慢していたため、その瞬間だけはとても美味しくいただけるものの、それ以外の時間はニコチン離脱症状に悩まされる。

いっそのことタバコ無しにして頂ければ、止めたくとも止められないタバコを吸わずにすむのに。
タバコ 灰皿
フリーフォト足成より引用

ここで疑問に思われた方。
なぜ病院内なのにタバコが吸えるのか。

・・・・・・なぜかというと。
精神病院に入院する患者は、当然精神病を患っている。
うつ病、躁うつ病、不安神経症、アルコール・覚〇〇・ドラ〇〇など薬物依存・・・・・・

ただでさえ不安感・イライラ感があるのに、タバコを吸えないとなると、さらにイライラ感が増す

「なぜ、今イライラしているのか。なぜ情緒不安定なのか」
医師による正確な診断ができなくなってしまう。
よって、酒はダメだがタバコだけは吸える、という精神病院・閉鎖病棟が多い。

(現在は、広島の瀬野川病院は院長が変わって、全面禁煙になってます。
アルコール依存症専門病院の呉みどりヶ丘病院だけは吸えます。)

ぼくは酔いが覚めるにつれ、アルコールの離脱症状が始まった。

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※断酒210日目

アルコール離脱症状、アルコール性うつでマイナス思考に

酔いが覚めるにつれ、アルコール離脱症状が始まった。

前の入院時は酷い連続飲酒に入っていたため、手、指、ひざ、足、体中が震えしたたり落ちる脂汗、恐怖感、とにかく離脱症状を耐えられなかった。


ところが今回は2、3合ほどの晩酌で我慢していたせいか、それほどの症状ではなかった。
軽い手の震えがあったものの、2日程度でおさまった。

手をパーにして振戦、手足の震え がないかを医師に見せる離脱症状チェックがあるが、3日目は指の震えが止まっていた
5日目には中間開放され、午前2時間、午後3時間ほどデイルームへ行きテレビや少年マガジンやジャンプが読めた。

しかし 「再び酒を飲んで4回目の入院」 した、という途方もない後悔の念にさいなまれた。
後悔
フリーフォト足成より引用

精神病院へアルコール依存症で4回も入院。
世間からみるとぼくは立派な酒に溺れたまともでない人間である。

気分は最悪まで落ち、自決を考える

入院してすぐ酒は抜け、素面 (しらふ) に戻る。

しかし連日の飲酒のため、うつ病の症状が最悪まで落ちていた。
テレビを見る気力もなく、ほかの患者としゃべる気もおきなかった。
結局は部屋に引きこもり、ひとり考え始める。

「また酒に負け、妻・娘たちに迷惑をかけてしまった
ぼくはどうしようもないクズ人間
価値がない
生きていても迷惑・・・・・・」

次々とマイナス思考に襲われていく。

死ぬ事ばかりを考える。

自決したい。

願望が止まらない。
悩む
フリーフォト写真ACより引用

「そろそろ潮時だろう。
離別して、 『もはや誰もいなくなった』 実家に戻ろう。
酒にまみれてひとり孤独死、いいじゃないか。
それこそクズ人間の死に方じゃないか」

しかし、父親がひとり孤独死した場合、娘はどう思うのか。

父親がひとり孤独死した場合、娘はどう思うのか

「朝日新聞に連載していたアルコール依存症の 『中島らも』氏も酔ったあげく階段から転げ落ち死んでいる。

カラオケで好きな 『また逢う日まで』 の尾崎紀世彦も酒で孤独死した。

世界的な大俳優ロビン・ウィリアムズもアルコール依存症で自殺した。

ぼくの憧れの人間はみな酒で死んでいる。
尾崎紀世彦 Youtube
Youtubeより引用

ぼくもそうしよう。
そうだ酔った勢いで縄で釣ろう。
生保の死亡保証3,000万円は家のローンを払って余りある。
それで妻子たちに償おう。
これからクズ人間の面倒を見て苦労するより、よほど幸せな人生を送れる」

父親がひとり自決した場合、娘はどう思うのだろうか。

思春期になろうかという娘たちは、どう思うのだろうか。

「いやまて、このまま行くと退院は7月だな
誰もいない実家で首をくくったところで、発見がおくれ腐乱死体になるな」

手足や腹、顔中に穴が空き、目、鼻、口内にぐにぐにと大量のウジ虫が波うち肌にかじりついている、棺桶(かんおけ) からとてつもない異臭を放つ父の姿を、さすがに娘たちには見せたくない。

娘たちに、最悪の傷跡を残すことになる。
それだけは避けたい。







腐乱
Chiaki @chlaky HPより引用 
写真はメイク中とのこと。ご安心を

車で練炭にするか。
場所は、夜が明けたら人目につくところがいい。
すぐに発見される。
退院したらすぐ練炭買いにホームセンターへ直行しよう」

ところが聞いた話しによると、現在の練炭は安全な作りになっており、不完全燃焼による一酸化炭素中毒にはなりにくいとのこと。

「なんと、車で睡眠薬を飲んでの練炭は、失敗の恐れがあるのか。
一酸化炭素中毒で自決に失敗すると、後遺症で大変らしい。
半身麻痺になって車イスで生き続けるのか。
それこそ妻に迷惑ではないか。」

列車に飛び込むか。
まて、それはJRから途方もない額の損害賠償請求がくると聞いた。
額はわからない、生保の3,000万円で払いきれなかったらダメだ。」

電車
フリーフォト足成より引用

ダンプカーの前に飛び出すか。
まて、それも損害賠償が発生するな。
しかも急ブレーキで死にきれないかもしれない。
それも手足麻痺の後遺症になる。」

「確か田舎の実家の上のほうに駐車場があり、となりに林があったな、
恐怖感がなくなるまで酒を飲み、原チャリで林まで出向きシートの上でロープを首にかけ、あと蹴飛ばせばいい、かな。、

それなら、100パーセント行けるかな、発見も早い。
ホームセンターでロープだけを買おう」

娘がどう思うかなんて考えていない。自己中心的考えになる

いま考えると、なんと身勝手で自己中心的な考えをしている。
家族、娘がどう思かなどろくに考えていない。

しかし、実際にひとりでそのように考えていた。
周りは何も見えなくなり、自決する方法だけを延々と考えつづけた。

テレビで
 「17才高校生がJR中央線に飛び込み、自殺。いじめがあったとの遺書を自宅で発見」 

「男性が新幹線車内でガソリンを身体中に浴びて火をつける。巻き添えで2人死亡」 

「42才男性が妻子4人を殺害。本人も死のうとしたが死にきれなかったと供述している、とのこと。」

など、毎日のようにニュースに流れる。

その気持ちが理解できた。
ぼくのように身勝手で、自分がどうやって消えるかしか考えない。
家族や、ほかの人へのはなはだな迷惑が考えられなくなる。

周りがすべて見えなくなる・・・・・・

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※断酒211日目

夕飯は保護室から出され、デイルームで

夕方6時すぎごろ。

晩飯が始まる。
保護室の鉄の扉の鍵がガチャン、ガチャンと順に開けられていき、患者がデイルームへ集合となる。
テーブルの上に、名札がついたトレイが並べられており、それを探す。
病院食 食事
フリーフォト写真ACより引用

テレビが観たければ、テレビの前のテーブルへ移動させる。
知り合いと一緒に食事がしたければ、名札突きのトレイの場所を入れ替えたりする。

食事が済んだら、どれくらい食べれたかを看護師に報告する。
ごはんもおかずも8割くらい食べれたでであれば
8の8
と報告する。

わざと何も食べない患者がいるが、そういう人はずっと保護室を出られない
他の病棟に行けず、保護室のままである。

服薬、タバコ

そして食後の服薬がある。
薬を配る係の看護師の方へ行き、薬をもらい飲む。
服薬
そして服薬確認として口を開けて舌を上げる。
薬を飲まずにトイレに捨てる患者がいるからだ。

食事が済んだら、詰所でタバコを1本もらい、喫煙所へ向かう。

本日最後のタバコだ。
知り合いや友達と一服しながら雑談する。
唯一楽しい時間だ。
タバコ 灰皿
フリーフォト写真ACより引用

なぜかタバコを1箱隠し持ってる患者がいたりする。
1人、看護師が喫煙所の見張りをしているが、見つからないように1本もらう。
さも、1本目のように堂々とタバコをふかす。

10分くらいしたら、見張りの看護師が
「もう、そろそろ」
と言い出すので、雑談を終了して、デイルームに戻る。

デイルームの洗面所で歯磨きをして、時間ギリギリまでテレビを観るか、雑談をする。
世間から完全隔離されているので、ニュースくらいしか情報を得れない。
または、月3070円だして新聞を取っている患者もいる。
読んだ後のお古をもらうこともある。

そしてまた、保護室に閉じ込められる

そして、また保護室にもどり、扉をガチャンと閉められ、鍵をかけられる。

ここからが長い。
すぐ寝る患者もいるようだが、ぼくはうつ病があるため睡眠薬がないと眠れない。
デイルームから古ぼけたマンガ雑誌を取ってきてはいるが。
集中力がなく、没頭できない
せめて小説でも置いてくれればいいのだが、それはない。
麻雀放浪記のマンガ版が1冊あったので、それを繰り返し読んだ。

やっと夜9時になった。

睡眠薬をもった看護師が、各保護室を回ってくる。
睡眠薬
睡眠薬を飲み込み、口を開けて服薬確認をさせられた。
眠れないから睡眠薬が欲しい
のに、なぜ服薬確認をさせられるのか、意味がわからない。

保護室で見る悪夢は、現実だった

いつのまにか、夢を見ていた。

夢のなかで

薄ぼんやりと、ドス黒く太い縦の線が浮かび上がった。

同じような、黒色の横の線も浮かび上がった。

ぼんやりと、が、だんだんはっきりとしてきた。

ハッ、と目を覚ますと、それは保護室の鉄格子のそれだった。

保護室 鉄格子
壁紙.comより引用

夢、ではなく、現実だった。

ぼんやりと、鉄格子を見ていたようだ。

ぼくは、牢屋の中にいた。


夢も現実もそうだった。

夢を見るのが怖い。

現実も怖い。


死んだほうが楽かな。

そう思った。

そしてまた、保護室の悪夢のつづきを見た・・・・・・

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※断酒212日目

保護室に閉じ込められ・・・・・・ガチャンと鍵をされ閉じ込められた。
まるで牢屋である。

保護室に閉じ込められて5日目、中間開放となった

午前10時ぐらいか、看護師の足音がトントンと響いてきた。
ふくさん、中間開放になったので開放しますよ
の声とともに扉の鍵が開けられた。

やった。
やっと保護室から開放された。
完全隔離から開放された。
5日間120時間は長かった・・・・・・

中間開放になると、午前中は保護室から出て、デイルームで2時間ほど過ごすことが許される。
OT(作業療法)で、音楽を聴いたりミュージック・ステーションの録画をみたり、簡単なゲームをしたり、作業療法士による軽いストレッチなどができる。
作業療法 ゲーム
フリー素材いらすとやより引用

昼飯もそのままデイルームで食べる。
入院当初、保護室に監禁された頃のように、便器からの下痢臭がぷんとただよう牢屋で食事、をしなくてすむ。

また保護室に閉じ込められ、午後、開放される

昼飯をたいらげると、また保護室に閉じ込められ、ガチャンと閉められる。
昼1時、再び鍵が開けられる。

昼からは3時間ほど、デイルームですごす。
ミヤネ屋を観たり、雑誌や漫画が読める。
3年前に入院したときは、少年ジャンプ、マガジンなどがボロボロにしらっちゃけ、表紙などがちぎれているヒドい有様だった。
マンガ雑誌
フリーフォト写真ACより引用

ざっと本棚をながめると。
それらは一新されていた。
少年ジャンプの最新号までが12冊。
マガジンも同じくらい。新品が揃えてあった。
りぼん、マーガレットなど少女雑誌はなかった。
ふと、「ガラスの仮面」のラストシーンが気になった。

その代わり、女性自身が数冊置いてあった。

マンガで時間を潰す

ジャンプは、その当時読んでいた「こち亀」「NARUTO」「銀魂

こち亀 こちら葛飾区亀有公園前派出所
秋本治先生作 こちら葛飾区亀有公園前派出所.comより引用

NARUTO ナルト
岸本斉史先生作  少年ジャンプ公式サイトより引用

銀魂
空知英秋先生作 少年ジャンプ公式サイトより引用

マガジンは、ボクシングジムに通っている、教科書の「はじめの一歩」が読めた。

はじめの一歩
森川 ジョージ先生作 講談社コミックプラスHPより引用

NARUTOは忍界大戦の終盤、皆で十尾をやっつけようとするあたりのところで、NARUTOが皆にチャクラを分け与えたりしてなんだかよくわからなかった。

今現在はマンガを見ないので詳しくないが、「はじめの一歩」以外は連載終了してるのかな、確か。
懐かしいものばかりである。
ずっと続いていた負の思考スパイラルから、少しほど気分転換ができた。

患者の輪に加わってみた

デイルームに、皆がより集まってはずんでいるテーブルが一つあった。
加わってみた。

そこには、統合失調症の酷いのが1人。
アルコール依存症が2人。
覚〇〇剤が1人。
なにがなんだかよくわからずに入院させられたオジサン1人。

それぞれ中間開放になったばかりなのか、みな喜びで生き生きしていた。
ぼくも雑談に加わって、時間を潰した。
アルコールと薬物の患者は、成分が抜けて普通の人間に戻っていた
そと人たちとは話が合った。
話しがはずんでいた。

4時になったらまた、保護室に閉じ込められるというのに・・・・・・

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※断酒213日目

保護室から大部屋への移動

数日後。
保護室の中間開放から、大部屋へ移された。

嬉しかった。
保護室だとタバコは一日4本限定、それが逆に真綿で首を絞められるように辛いのだが・・・・・・大部屋だと自由に吸える。
吸い放題。

布団も地べたではなく、ちゃんとしたベッドにシーツがかけられている。
カーテンもある。

朝6時から、夜の9時までテレビやマンガや新聞が見られる。

いろいろ自由になるので、とにかく嬉しかった。

荷物を移動し、すぐさま喫煙所へ向かった。
喜びのあまり、一気に3本も吸ってしまった。
気分が悪くなった。

瀬野川病院の大部屋、R1病棟とは

大部屋のデイルームには、正面の壁に50インチ大型液晶テレビが設置してあり、誰もが観れるようになっている。
テレビ デイルーム
フリーフォト写真ACより引用

テレビ前に淡いピンク色のビニール製ソファが4つ並べられており、その後ろに、木製のテーブルが4つ、それぞれ同じく木製のイスが備えられている。
20人はゆうにくつろげる。

あるテーブルでは若者と年配が将棋をさしていた。

またあるテーブルでは、患者の家族と親と思わしき者たちが、彼をとり囲んで談話していた。
お見舞いだろうか。
ぼくには絶対ない光景だ。
こう何回も入院すると、妻は呆れ果て、まったくお見舞いなどにこない。
少し羨ましかった

妻の顔は見たくないが、娘の顔が見たくなった。

瀬野川病院の常連患者

ソファに座ってぼんやりとテレビを見ている、そのうち一人の顔に見覚えがあった。
大部屋に移動で気分が上がっていたためか、自分から声をかけた。

初めまして・・・・・・、かな

いや、前も入院してたでしょ

やはり、向こうもこっちを知っていた。
どうやら以前、同じ時期に入院してたらしい。
病棟は違ったが、院内の自助グループで顔を合わせていたようだ。

K、と彼は名乗った。
アルコール依存症患者
フリーフォト足成より引用

ぼくは4回目の入院ですが、Kさんは?

8回目

やはりですね。
 
院内AAで見かけたことありますよ

こっちもね

偶然、ぼくとまったくのおない年だった。
ぼくは48才で4回目の入院、それはいかがなものかと思っていたが。

彼は、8回の入院
もう少しで2桁。
もはやレベルが違う。

同じアル中同士の仲間意識か彼とはすぐに意気投合した。
細かに話しを聞いてみる。
ぼくより先に入院していたため、もちろんぼくより先に退院する。
彼はタクシーの運転手だそうだ。
しかし、アル中のタクシーには乗りたくない

「退院したらすぐ、『ひまわり』(病院のすぐ隣にあるスーパー薬局)でビールか何か買って、いきますか?(飲みますか?)」
スーパー薬局 酒
フリーフォト写真ACより引用

「いや、そうはしない」

精神病院を退院したら

入院患者の半分は断酒に励もうと頑張るが、残り半分はほぼ、退院して即、隣の「ひまわり」で酒を買って飲むのだそうだ。
何のための入院だかわかったもんじゃない。
入院によって、数千もあったγーGTPが一気に下がる、あるいは家族が平穏な時が過ごせる、そのための入院だろうか。

Kさんは、退院してすぐには飲まない。

その足でJRで広島駅まで出向き、おなじみの居酒屋でキンキンに冷えた生ビールを注文するのだそうだ。
ビールのあて、つまりつまみ二品も既に決まっている、とのこと。
生ビール
フリーフォト写真ACより引用

広島駅までの45分間は、断酒をする」 そうだ。

さすが、常連・・・・・・

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