【うつ病でアルコール依存症】人生終わった男の闘病記・体験談

閉鎖病棟の体験談から、アルコール依存症・うつ病の闘病記
2児の父が急にうつ病で倒れた。酔いにまかせて仕事にいくも今度はアルコール依存症
家族から精神病院に何回も入院させられ、断酒に挑戦するが失敗。抗うつ剤、睡眠薬はいまだかかせず


うつ病、アルコール依存症にならないよう、みなさんのお役にたてればと思います。

まだアルコール依存症になる以前の話

3日連続、酒気帯び運転で逮捕され刑務所に。若くして死亡した所長 アルコール依存症になる前の話(2)

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※断酒161目

〇マルチ商法でたくさんのお金を稼いだ所長


前記のDと一緒に勤めていたシステム系の会社。

所長は、そこの所長になる前、マルチ商法の上層部にいたようだ。

羽毛布団のマルチ商法。

原価かの5倍以上の値段、100万をこえるような布団を扱っていた。

もちろんマルチ商法の上層部なので、下が稼ぐ分を吸い上げ、本人は何もせずに金が転がり込んできたという。

ポケットに万札が腐るほどあって、使っても使っても使いきれなかったらしい。


札束 ポケット
フリーフォトPAKUTASOより引用


警察の査察が入る寸前に、うまいこと逃げた。

金を稼ぐだけ稼いでトンズラした。

うまいことやったものだ。


いつもBMWに乗って、さっそうと現れた。

いや、さっそうとは違い、贅沢のしすぎと不摂生で腹は飛び出て太り気味。

髪はオールバックでダブルのスーツを着て、ちょっとカタギには見えなかった。


マルチ商法時代、毎日飲んで、酒気帯び運転で帰っていたらしい。

ある日、西広島バイパスに昇ったところでよくやっている、酒気帯び運転の検問に出くわした。

バイパスなので交差点もなく、逃げようがない。

酒をたらふく飲んでいたので、当然引っかかった。

当時、20数年前の話なので酒気帯び運転の罰則はまだ甘く、6点減点の免停だった。

〇毎日酒気帯び運転を繰り返し、逮捕された


しかし所長はこりもせず、次の日も飲んで酒気帯び運転で帰った。

つぎの日もまったく同じところで検問が行われていた。

また引っかかった。

免停中の酒気帯び運転ということで、さすがに免許取り消しになった。


検問 警察 酒気帯び運転
フリーフォト写真ACより引用


しかし所長はまったくこりず、さらに次の日も飲んで酒気帯び運転で帰った。

さすがに3日連続検問はないと思ったのか。

しかし、3日連続検問していた。

また検問に引っかかり、無免許運転で酒気帯び運転ということで、交通刑務所行きとなってしまった。

実刑6ヵ月だったという。

よく事故をしなかったものだ。


当時の会社には、少年院にいったことがある20歳くらいの女の子がいて、よく刑務所話をしていた。

刑務所に入ったら、身も心もキレイになった気がするよのう

そうですね、私もそうでした

なんて会話が会社の中で普通に行われていた。


毎日とはいわないが、所長はよく飲みに連れていってくれた。

古い焼き肉屋で「勝」という、大将が一人でやっている、分厚いタンが美味いそんななじみの店だった。

ポットからコップに熱燗をついで、マッチ棒をその数だけ置いて大将に申告・支払いをする。

そんな変わった店だったが、とにかく分厚いタンやカルビが美味かった。

1人マッチ棒で10本、ようするにコップ10杯くらいの熱燗を飲んだ。

そして所長はいつも、こりもせずに飲酒運転で帰っていった。


所長は毎日のように飲んでいた。

しかし、運動はたまにいくゴルフくらいだった。

何か健康のためにしている、なんて話は聞いたことがない。

不摂生あふれる暮らしをしてる。

しかし、いつもバイタリティーあふれている。

酒と肉のせいか。


ある朝、出勤すると1本の電話がかかってきた。

所長の奥さんからだった。

主人が昨日亡くなりました

と。

へ?

あれだけ元気だったのに?

まだ夢見心地で、来ていない社員全員に電話をしてみたが

は?何を言いよるん。

と、誰も信じてくれなかった。

〇昨日まで元気だった所長が事故で・・・・・・


直接の死因は、車ごと市内電車(チンチン電車)の電停のコンクリートに正面衝突したらしい。

しかし、電停まで、ブレーキ痕はまったくなかったとのこと。


画像20190406事故 写真AC
フリーフォト写真ACより引用


運転席のシートは衝撃のせいか、真後ろまで倒れていたらしい。

普通の事故であれば、ぶつかる寸前に必ずブレーキするはずだ。

ぶつかる瞬間はふんばるので、シートが真後ろまで倒れるハズはない。

皆の想像は、運転中にすでに心筋梗塞などの心臓発作で意識を失い、そのまま電停に突っ込んでいったのではないかというものだった。


カリスマ的存在の所長が亡くなった。

広島営業所は空中分解し、ぼくを含めほとんどの社員は辞めた。


今になって思うが、

毎日酒を飲まないと気が済まない

飲むと、必ず飲酒運転で帰る

などから、所長はアルコール依存症、またはそれになりかけだったのではないだろうか。


まだ60歳になっていなかった。

非常に残念だった・・・・・・

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B型肝炎で肝硬変、治療せずに飲み続け、最期は・・・アルコール依存症になる前の話(3)

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※断酒164目


30歳をいくつか過ぎたころ、団地に引っ越した。

結婚し長女が産まれたが、嫁は看護師。

ぼくが残業の日と嫁の夜勤が重なると、子どもを見る人がいなくなってしまう。

二世帯住宅を建て、田舎に引っ込んだ。

義母に子どもを見てもらうためだ。


その団地の上の方に家を建てたのだが、家に帰る途中、上り口に小さな鉄板焼き屋があった。

「パンチ」という看板だ。

〇団地にある、現場作業員が集まる店


鉄板焼き 酒

フリーフォト足成より引用


鉄板焼き、といってもメニューはそんなになく、酒を出すのがメインの飲み屋だった。

大将は本業で現場の仕事が終わったら店を始める。

いわゆる副業だ。

奥さんも手伝っていた。


店は、わりと繁盛していた。

夕方、訪れると、仕事が現場作業員の人たちでにぎわっていた。


現場作業員
フリーフォト写真ACより引用


小さい店だが、10人以上いる時もあった。

みな灰色のような作業服だった。

言葉遣いも

オマエ何ようるんなワリャ―ッ!

というような荒っぽい現場言葉が普通で、ぼくもそれに合わせてぶっきらぼうに話した。

たいていぼくより1つか2つ上の年が多く、サラリーマンがスーツで訪れるのは珍しかったのか、大将も客も可愛がってくれた。

〇学校の先輩がいつも来ていたが、黄疸が


ヒトシさん(仮名)という、背は高くないがイケメンの男性がいつも飲んでいた。

話をすると、同じ中学の1つ上の先輩だった。

先輩後輩ということもあり、可愛がってくれた。

ぼくは週に1、2回しか訪れなかったが、ヒトシさんは必ずいた。

聞くと、毎日来ているという。


毎週、金曜日あたりにパンチで飲むのが普通になってきた。

現場系の人たちは、毎日来ているらしい。

一回店に入るとパンチ仲間、つまりパンチーズがなかなか帰らしてもらえず。

嫁からの「帰ってこい」携帯が鳴らないと帰れなかった。


数年経った。


ふと気がついたのだが、ヒトシさんの顔が異様に茶色い

白目も黄色くなっている。

顔がシワだらけだ。

肝硬変 黄疸
フリー素材いらすとやより引用

出会ったときはイケメンと思っていたのだが。

パンチの皆がヒトシさんを呼ぶのも、「ヒトシくん」から「おじいちゃん」に変わってしまった。

それほどの老け方だった。


ある日、パンチーズでビアガーデンに行こう、という計画が持ち上がった。

パンチーズの男連中と、その奥さん子ども20名ばかり、福屋の屋上に集まった。

たまたまヒトシさんの美人な奥さんの向かいに座ったので、

「ヒトシさん、毎日よくのみますねー」

などと軽い会話をしたつもりが、奥さんがボソッと

あの人、B型肝炎で肝硬変になりよるんよ

と言った。

え。

初耳だ。

それなら飲んだらダメじゃないか。

〇B型肝炎なのに治療せずに酒を飲む


インターフェロンの治療しなきゃダメじゃないか。

まだ30代でB型とは、なにかやったな。

「でもね、ぜんぜん言うこと聞かずに、毎日飲んで帰るんよ」

心配そうに言っていた。


今考えたら

・B型肝炎で飲んではいけないのに、治療をしないといけないのに飲む

アルコール依存症だ。


その数年後、彼が40歳くらいの頃。

ヒトシさんの顔はもう、どす黒い茶色になり、白目はまっ黄色になってきた。

しわも増え、イケメンの面影はまったくなく、おじいさんそのものだ。

B型肝炎 治療しない 黄疸
フリー素材いらすとやより引用


冗談で、腹をみせてくれた。

20センチか30センチか、赤ん坊のお腹のように膨れている

腹水だ。

しかし、パンチには毎日飲みに行っている。

ママさんが言うには

「もう死ぬのを覚悟しているみたい・・・・・・」


1年後、彼は亡くなった。

ぼくはアルコール依存症の治療で入院中だったが、葬儀には駆けつけた。

美人の奥さんは、目は真っ赤だったが、すでに死を受け入れているようだった。

中学生の娘さんが2人いた。


未亡人と父なし子を2人作ってしまった。

なぜ肝炎の治療をしなかったのだろう。

答えは簡単、酒を飲めなくなるからだ。


また酒が、悲惨な一家を作り上げてしまった・・・・・・


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広島の平和公園で酒を飲むようになった。暑い、寒いは関係ない アルコール依存症になる前の話(4)

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※断酒166日目

〇広島の平和公園で酒を飲む


もうアルコール依存症と診断される寸前の話。

飲み始めて、もう晩年のころの話である。

もう40近くになっていた

仲が良かった1つ上の同僚、コロちゃん(仮名)とつるんでよく飲むようになっていた。

当初は、会社のそばにある「2時間食べて飲んで2000円」というような激安の居酒屋で週2、3回飲んでいた。

しかし、週2、3では物足りなくなった

会社が広島市の平和公園のすぐ隣だったため、「平和公園で飲みません?」とぼくが提案した。

コロちゃんはのってきた。


すぐそばにあるスーパーで、ぼくは焼酎ワンカップ25度2本のみ、コロちゃんはワインのワンカップのようなものを仕入れた。

コロちゃんはたまにハウスワインボトル1本を仕入れ、平和公園へ向かった。
ワイン 公園で飲む
フリーフォト写真ACより引用

平和公園のすみには、朝から晩まで将棋に熱中しているオジサン方がいる。

3つか4つの将棋盤で対局しているオジサン方を、さらに何名かのオジサン方が囲んで見ている。

おおかた、定年退職したオジサン方であろうが、時々若い人も見かける。

毎日まいにち将棋を指しているせいか、強い、レベルが高いとの噂だ。


〇平和公園で飲む、まるでアル中のホームレス


公園ベンチ 酒を飲む
フリーフォト足成より引用


その将棋チームが見えるようなベンチで、ぼくとコロちゃんは座る。

そして酒を飲みながら馬鹿話をする。

これでスーツを着ていなければ、ただのアル中のホームレスだ。


ぼくはワンカップなのでそのまま開けて飲んだ。

コロちゃんは時々ワインボトルなので、新聞紙を丸めてその中にボトルを入れ、隠して飲んだ。

まるで外国映画のアル中である。

●暑い日でも酒を飲む


夏は呼気の二酸化炭素と酒の臭いでがたくさん寄ってくる。

半袖の腕や、スーツのズボン越しに足を10か所以上噛まれ、あまりの痒さに閉口した。

次の日、フマキラーを買ってきて自分たちのスーツにまいた。

自分が蚊か。


雨の日以外はいつも平和公園で飲んだ。

決まって、ぼくは焼酎ワンカップ2本のみ、コロちゃんはワインのワンカップか、ワインボトルのみだ。

1、2時間ほど馬鹿話をして、飲み終わったら帰路につく。

大いにストレス発散になった。

空腹なのでけっこうフラフラになる。

これで500円以内で済むので、コスパ抜群だ。

もう店やに行って金払うのが馬鹿馬鹿しくなってきた。

●寒いのにまだ酒を飲む


この公園飲みは長くつづき、になった。

コートをはおって、寒くないようにして飲んだ。


になった。

それでも止めなかった。

ちらほら雪が舞っているときもあった。

コートで暖かくしたのと、酒で体温が上がるため、それほど寒く感じなかった。

雪 酒を飲む
フリーフォト足成より引用


春になってもまだ続けていた。

寒さを乗り越え、自律神経が活発になった気がした。

結局1年近く続いた。

「なんだ、コートと酒さえあれば冬は乗り越せるじゃん。ホームレスになれるじゃん!

と、二人で笑った。


それからしばらく後、少量だが毎日飲んだせいか、ぼくは「アルコール依存症」と診断され休職して何回も精神病院に入院することになった。


「公園飲み」はこれで消滅した・・・・・・


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酔っ払いで寝ぼけて自分の靴にアレをした男 アルコール依存症になる前の話(5)

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※断酒168日目


〇酔っぱらい寝ぼけて自分の靴にアレした男


会社の飲みで、遅く帰ったある日。

午前様になってしまったため、風呂も入らず歯もみがかず、帰ってバタンキューで寝てしまった。

次の日はいつもどおり仕事だったので、目覚まし時計を何回かかけ直してなんとか起きた。

時間がないので朝メシはパスし、シャツとネクタイ、スーツをはおり、玄関で急いで靴を履いて出ようとした。

靴 水びたし しょうべん
フリーフォト写真ACより引用

しかし、靴に足を突っ込むと、濡れて冷たかった。

びっくりした。

なぜか冷たい。

なぜか濡れている

驚いて足を抜き靴を見ると、中に水が溜まっていた

靴のまわりにも大量の水がたれている。


急いで嫁さんを呼んで聞いてみた。

「そんなもん知らん」

という。


長女ナナは当時まだ幼かったので、何かイタズラしたのかと思い、呼んでみた。

「知らない」

という。

ウソをつくような子じゃない。


摩訶不思議な現象だった。

ぼくの靴の中および周りだけ、水浸しのぐちゃぐちゃになっている。

動物はいないので、シッコをかけられたわけではない。

不思議だ・・・・・・


「宇宙人のしわざかね」

「そうかもしれんね」

しょうがないので冠婚葬祭用の靴を履いていこうとした。


急に嫁さんが叫んだ。

あー! 思い出した!

あんた昨日の夜中にトイレにいったでしょ!

「知らん。覚えてない」

「その時、トイレじゃなくて玄関のほうからジョボジョボジョボって音がしよったよ。

便器じゃなくて、靴にしょうべんしたんじゃ!

犯人はアンタじゃ!

えーっ!

便器と間違えて自分の靴にしょうべん!?

しょうべん 小便
フリー素材いらすとやより引用

自分が犯人。

いくら酔ってたとはいえ、なさけないやらなんとやら。


〇台所のゴミ箱にも


さらに嫁が追い打ちをかけた。

「そういえばこの間、台所のゴミ箱がしょうべん臭かったよ!

アンタ便器と間違えてしょうべんしたんじゃろ!

ええ!?

記憶にない。

台所のゴミ箱は、足踏みフタ開き式になっている。

下側の踏むところを踏めば、フタが跳ね上がってちょうど便器にみえなくもない。

ゴミ箱 台所 便器
フリーフォト写真ACより引用

酔ってそんなことをしたのかもしれない。

なさけない。


前述のパンチという鉄板焼き屋で、仲の良いシモちゃん(仮名)にその話をした。

ちょっとした笑い話のつもりだった。

「ふくちゃーん、しょうべんならぜんぜんマシよぉ。ワシなんか大便じゃけえ!

だ、だ、大便・・・・・・上には上がいた。


どっちにしても、酒飲みは家族に迷惑をかける。

申し訳ないばかりだ。


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酔って無銭飲食で店員に交番に連れていかれた アルコール依存症になる前の話(6)

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※断酒170日目

〇薬の整理のため総合病院に入院


精神病院に入院する前、普通の総合病院に入院したことがある。

厚生病院という名の総合病院だった。

昔から通っていたクリニックから、上司の勧めで別のクリニックに転院した

ぼくがうつ病であまりにもたくさんの精神科の薬を飲んでいたため、新しい主治医に、

「いったん入院して、薬を整理して来なさい」

と言われ、しかたなく入院していた。


総合病院 入院
フリーフォト写真ACより引用

その病院にはデイルームも本棚もない。

個人用にテレビはあったが、普段テレビをあまり観ない。

退屈でしかたがなかった。

最初の数日は、庭でシャドーボクシングしたり、7階まである階段を駆け上がったりしていたが。

それも飽きてきた。

●毎日 外出、毎日 パチンコ


外出は普通にできたので、外出用紙に記入し、毎日出かけた。

近所にパチンコ屋が3件もあったため、毎日スロットを打っていた。

なんのために入院してるのかわからない、そんな感じになっていった。

スロット パチンコ 飲みながら


ある日、2時間くらいコインが増えては減って、増えては減ってと続くので、飽きてきた。


コンビニがすぐそばにあった。

ほんの出来心で、ワンカップを買ってしまった

1杯だけ、のつもりだった。

酔いが醒めたら病院に帰ろう。

どこかのアル中映画のタイトルみたいになってしまった。

ところが、ぼくはその時、アルコール依存症と診断されてはなかったものの、ほぼアル中の卵だった。

1杯ではすまなかった。

次から次へと飲み、「どうせ強制退院になるんだから」と、家の方に向かって帰っていった。

〇うっかり無銭飲食、後払いは不可だった


帰る途中、腹が減ったのでラーメン屋に寄った。

ラーメンと餃子、久しぶりに濃い味の食物を食べた。

病院食ばかりだったので、久しぶりに美味い物を食べた。

ラーメン 餃子
フリーフォトPAKUTASOより引用

ラーメン餃子を平らげ、会計に行って財布を開くと・・・・・・

お札がなかった。

200円ばかりの小銭しかなかった

「しまった」

スロットにつぎ込んで、お金が無いことに気がついていなかった。

これでは無銭飲食になってしまう。

銀行口座には金がある。

店員に「キャッシュカードでおろしてくる、それから払う」旨を伝えた。

しかし、融通のきかない店員はぼくの腕をつかんで店の外に出た。

すぐ目の前に・・・・・・交番があった。

●酔って無銭飲食で交番へ


交番に突き出されたぼくは、無銭飲食で逮捕されるのかどうなるのか怯えていた。

が、その交番で一番偉いであろう所長らしき人に、

「そこのイスに座ってなさい」

と、交番の隅にある丸椅子を指した。

「あんたの家族に連絡とるから、酔いが覚めるまで座ってなさい」

と言った。

どうやら軽犯罪法で逮捕ではなさそうだ。

交番 警察 無銭飲食
フリーフォト写真ACより引用

そのお偉いさんは、事件がないとヒマなのだろう。

ぼくにいろいろ話しかけてきた。(内容は、もう昔過ぎて忘れました)

ちょうど留置所の鉄格子が見えたので、酔っているぼくは

留置所に入れてくれ

と頼んだ。

しかし、断られた

留置所に入れるのに、いろいろ書類を書かなければならず、大変なのだという。


「タバコを吸ってもいいですか」

と尋ねると、

「おう、ワシも吸おうか」

と、連れタバコすることになった。

交番の前の、ちょうど階段状になっている入口に2人座ってタバコを吸いながら雑談した。

とても親切な所長さんだった。


交番で2、3時間待ち、酔いも醒めてきたころ。

車で嫁が現われた。

ものずごい形相でにらみつけてきたため、目をそらした。

彼女はラーメン屋の支払いを済ませた後、言った。

病院から電話がかかってくるし、警察からも電話がくるし。

どうなっとるん、どうしたんかと思ったわいね!

もう恥ずかしいやら情けないやら、もう、やれん!

いつの間にやら、かなりの心配と迷惑を嫁さんにかけてしまったようだ。

そこまで言われないと酒飲みは気がつかない。

そのつもりがなくても、家族に迷惑をかける。

酒飲みは本当にたちが悪い。

今だから言えるが、そんな状態になる前に、酒を止めるべきだ


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酒気帯び運転で事故死。昨晩話したばかりの飲み屋の大将が・・・アルコール依存症になる前の話(7)

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※断酒174日目

〇いつも行く飲み屋の大将


前述した「パンチ」という鉄板焼き屋

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団地の途中にあり、現場で仕事している人たちのたまり場になっていた。

作業着の人たちばかり集まるので、スーツで登場するぼくが珍しいのか、みな歓迎してくれた。

ふくちゃ~ん、いらっしゃい!

大将はいつも気にかけてくれた。


大将は現場の仕事が終わると、家兼店舗に帰って、店をあける。

仕事のせいか、背は小柄だったが身体は筋肉でまるまるとして腕っぷしは強く、腕相撲は誰にも負けない、というタイプだった。

筋肉 腕相撲 ケンカ
フリーフォトPAKUTASOより引用


若かりし頃は、キレてケンカになったら手が付けれなかったという。

翌朝仕事で早いのに、皆遅くまで飲んだくれて、皆が帰るまで決して店は締めなかった。

主婦の奥さんも、店を手伝っていた。


その奥さんの唯一の悩みが、大将が飲酒運転をすることだった。

何回言い聞かせても、治らない。

飲酒運転 酒気帯び運転 事故
フリーフォト写真ACより引用


飲み仲間と街中へ出かけると、必ず酒気帯び運転で帰ってくる。

ある日、酒気帯び運転で、自分の軽ワゴンというか、ワンボックスが交差点で曲がり切れずに横転したという。

人身事故じゃなくてよかった。

が、そのことで大将と奥さんは揉めに揉めて、離婚沙汰になったという。

そりゃ、奥さんの方が正しい。


ある日、仕事帰りにパンチに寄って、ほんの1、2杯だけ飲んで、大将と小話をして帰った。

話は、明日行われる町内祭りの事だった。

神輿がどうのこうのと、大した話題ではなく、その晩は早めに帰った。


次の日、町内祭りである。

町内の若い衆は、神輿を担ぐために集まった。

その中で、「パンチ仲間」が近づいてきて、ボソッと言った。

パンチの大将、亡くなったの知っとる?

え?

いったい何のこと?

昨日話をしたばかりよ。

あのね、昨日の夜国道でバイクで2人乗りして、前の車に突っ込んだらしいよ

ええ?

〇酒気帯び運転で事故死


詳しく話を聞くと。

広島の近郊にドン・キホーテがある。

そこは片側2車線だが、たびたび右折してドン・キホーテに入ろうとする車が止まる。

大将は、バイクで左車線から遅い車を追い抜こうと右車線に変更したとたん、ドン・キホーテ待ちの車に突っ込んだという。


バイク 酒気帯び運転 飲酒運転
フリーフォト足成より引用


即死だったらしい。

即死だから、追い抜く際に100数十キロを出していたのだろう。

現場はもう、どちらが運転していたのかわからない状態だったという。


その日の神輿は、「弔い合戦じゃ!」ということになり、一生懸命かついだ。


次の日が葬式だった。

会場の右側が奥さんの親族、左側が大将の親族だった。

普通は一番身近な人が一番前の席に座るのだが。

なぜか左側の一番前の席2列がパンチの常連で埋まっていた

ぼくもそれにならって、前から2列目の常連客の中に座った。


大将には中学生の息子、娘さん2人のお子さんがいた。

その中学生の学年全員が葬式に参列した。

2学年全員が焼香するもんだから、会場の一番前から一番後ろ、そして会場の外まで列ができていた。

普通、焼香は30分くらいで終わるものだが、1時間たっても2時間たっても中学生の列は途絶えない。

3時間くらい待って、やっと終わった

長い葬式だった。


最期に大将にあいさつしようと棺をあけた。

顔が倍くらいに膨れ上がり、別人だった。

そうとう酷く打ったようだ。


結局、やめろと言われていた飲酒運転のせいで2人の思春期の父無し子ができてしまった。

あまりにもむごい。

残された奥さん、子どもたちともに無念だったに違いない。

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ふく うつお

アラフォーオヤジが、急にうつ病で倒れた。酔いにまかせて仕事にいくも、今度はアルコール依存症との診断。うつ病とは、アルコール依存症とは。

精神病院・閉鎖病棟に何回も入院させられ、断酒をするが失敗。精神病院・閉鎖病棟の体験談、アルコール依存症・うつ病闘病記。
みなさんがうつ病・アルコール依存症にならないよう、お役にたてればと思います。
★姉妹ブログ★【うつ病で専業主夫】日々をゆったり育児ブログ
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メンタル弱いうつ病アルコール依存症のオジサン、専業主夫。2姉妹の育児奮闘中。ときどきFX。
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