うつ病でアルコール依存症:人生終わった男の闘病記・体験談

閉鎖病棟の体験談から、アルコール依存症・うつ病の闘病記。
2児の父が急にうつ病で倒れた。酔いにまかせて仕事にいくも今度はアルコール依存症だと。
家族から精神病院に何回も入院させられ、断酒に挑戦するが失敗。抗うつ剤、睡眠薬はいまだかかせず・・・・・・

うつ病、アルコール依存症にならないよう、みなさんのお役にたてればと思います。

タグ:スリップ

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※断酒204日目

「このくらい、エエじゃろう」とビールを差し出された

ぼく自身の送別会が、マンションの管理人室で行われた。

若い衆が買ってきたのは酒だけで、ソフトドリンクはなかった

管理人室は
水道はなく、トイレしかない。

塩辛い仕出しで、次第に喉が渇き、たまらなくなっていた。

このくらい、エエじゃろう

長老が、コップ半分にビールを注いで、ぼくの目の前に差しだした。
ビール
フリーフォト足成より引用

場の空気は70歳の長老に支配され、もう 「飲め飲め」 モードになっていた。

スリップ、再飲酒の誘惑

酒飲み用に塩辛い仕出しに、喉の渇きを1時間はがまんしていた。

でも、何かで喉をうるおしたくて仕方なかった。

目の前差し出されたビールに、ぐらついた。


今や3年断酒している。

たったのビール半分で、今までの苦労がすべて泡となる。

しかし強烈に喉が渇いた。

なんでもいいから飲みたい。
水 喉が渇いた
フリーフォト足成より引用

他の7人はワイワイと 「今すぐに飲め」 という。

「アルコール依存症だから飲んではいけない」 ではなく、「肝臓が悪いからドクターストップなんよ」 と真実を隠していたのも拍車をかけていた。

肝臓が悪くても、ひとくちくらい大丈夫じゃろう

そんな空気だった。

アルコール依存症だとカミングアウトしておけばよかった。

しかし、それはすでに時遅しの状況になっていた。

ついにスリップ、再飲酒してしまった

ついに・・・・・・手を出してしまった。

考えると、
何もかも言い訳にしていた。

「喉が渇いてたまらない」「若い衆がソフトドリンクを買ってこなかった」「部屋に水道がない」

何もかも言いわけにしていた。

コップを手に取り、大衆の望み通り 「ごくり」 と口に含んだ。
ビールを飲む
フリーフォト写真ACより引用

3年ぶりに飲んでしまった

スリップ、再飲酒してしまった。

すぐに、大罪を犯した気分になった。

そしてビールのえぐみとともに、のどから胃が火照ってきた。


久しぶりのビールはさぞや旨かろう、と思うでしょうが、実はそうでもない。

こんなもんだったっけ

そう、アルコール依存症者にとって、酒は特に美味いものではない。

酒は単に酔っ払うための、心地よい泥酔感を味わうための
道具、薬物にすぎない。

断酒中のスリップ、再飲酒は飲みだしたら止まらない

そしてコップ半分のビールでやめとけばよいものを。

アル中の人は必ず次のように考える。

コップ1杯も10杯も同じことや。スリップ、再飲酒したことには変わりないやろう。」


それからは、何杯飲んだか覚えていない。

3年我慢していた酒を、ダムが崩壊したかのように飲んだ。
乾杯 ビール
フリーフォト写真ACより引用

その後すぐにブラックアウトした。

※ブラックアウト=飲んで記憶がなくなること。
アルコール依存症者は、まるで笊(ざる)のように酒を飲む。
しかし、うつ病など精神病を併発していたりするため、薬の影響でたった2・3杯でブラックアウトする人が多い。

家が大嵐になった

次の日の朝、二日酔いのまま目が覚めた。

そしてぼくが飲んでしまい泥酔したことで、
台風のように家中が大嵐になった

嫁や義母はおおいに
立腹、立腹どころか激昴、過去の精神病院への入院・惨事がフラシュバックし、感情のコントロールができなくなっていた。

信じていたのに裏切った
、子どもへの悪影響、今後はどうするつもりなのか、とにかく責められ続けた・・・・・・

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前記事どうぞ→断酒の自信はあった。しかしそれは慢心だった 精神病院 体験談3(1)


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〇入院中の外泊が許可される


閉鎖病棟に入院して、2ヶ月が経とうとしていた。


ぼくは病院内では優等生であるもんだから、週に1回の帰宅(外泊練習)も許されるようになっていた。



家族に車で迎えにきてもらう。


1泊、あるいは2泊3日で自宅で過ごす。


その間、酒などの話題に触れず、まことしやかな日常生活を送れることを確認する。



断酒 退院
フリーフォト足成より引用


病院側からは、帰宅期間の患者の様子を記入する用紙が渡される。


穏やかにすごしたか  はい / いいえ


イライラしていないか はい / いいえ


そのような質問事項が10問ほどならび、最後には


お酒を飲まなかったか はい / いいえ


が、当然ある。



もちろんぼくは早く退院したいもんだから、家でも優等生でじっと我慢する。


病院に帰院すると、嫁さんが看護師に記録を渡す。


それを2~3週間繰り返し、「問題なく過ごせた」という実績を作れば、退院はもう間近なのだ。



保護室に入った当初の入院計画書には、「2~3ヶ月の入院・療養が必要」と記入されていた。


だけど、こんなオリの中で3ヶ月は過ごしたくない。


早く、シャバに出たい


それだけを考えて、行動するようになってきた。



〇閉鎖病棟からの退院日が決まる



3回ほど帰宅の実績をつくったあと、先生との面談で、言った。


そろそろ退院したいのですが、どうでしょうか


先生はすこし考え、言った。


来週末、あたりにしましょう

そして、先生と看護師、嫁さんとの退院支援委員会が行われる。

退院後、仕事をするのか、ちゃんと断酒できる生活を送れるのか、確認される。



医者 医師 精神病院閉鎖病棟
フリー素材集PAKUTASOより引用


一週間は、長かった。


1日、1日とカウントダウンする。


本当に仲がよい患者にだけ、退院の話を言っておく。


ちゃんと心から喜んでくれるからだ。



親しくない患者には言わない。


ねたまれるからだ。



数日後。

やっと、その日が来た。


朝から、荷物をまとめる。


家族が10時に来るといったが、それまでの数時間がやけに長い。


看護師に

「いままでありがとうございました。

 お世話になりました」

と感謝の気持ちを言う。



患者仲間にも、この日だけは

先に出てるから。みんなも頑張ってね

と挨拶する。



やっと、自動ドアがあいて、待ちにまった嫁さんの姿が見えた。


患者のみんなには、拍手で送られた。


嬉しかった。



〇精神病院・閉鎖病棟からの退院


国道を走る車の中から、何とも言えぬ気持ちで、風景を眺めていた。


もう、こんりんざいこんなところに入院しない。


もう、こりごりだ。


もう、一切酒を飲まない。


もう、今後はまっとうな人間として生きる。



「昼飯に何が食べたいか」


と聞かれた。


背脂たっぷりのラーメンと、餃子


と答えた。


ラーメン 退院祝い
フリーフォト足成より引用


うす味の病院食ばかり食べてきたぼくにとって、久しぶりのラーメンはとても旨かった・・・・・・





・・・・・・ 第1話 完 ・・・・・・





これで、第1話は終わりです。


長いあいだ、ご愛読ありがとうございました。


え、第1話。


てことは、第2話がある?


そうなんです第2話があるんです。



退院して断酒を頑張りました


がむしゃらに。


そして、まっとうな日常生活を送り続けました。


酒を飲まない生活

頑張って続けました。


そして、その生活を続けていくと、だんだん慣れてきます。


辛かった入院生活も、喉もとすぎれば熱さ忘れる。



そして、約3ヶ月後。


ふとやってしまいました。


やってはいけない、スリップ・再飲酒


そこから、ぼくはまた転げ落ちていったのです・・・・・・

続きは、またアップしていきます。



長いあいだのご愛読、ありがとうございました。



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精神病院・閉鎖病棟に入院した体験談

ぼくが精神病院・閉鎖病棟に入院してから、まる2年が経ちました。

そのキツい体験を思い出して、2度と飲酒しないように。

そして、アルコール依存症のみなさま、まだ閉鎖病棟日記を読んでおられない方。

ぼくの体験を読んで、こんな目に合わないように。

精神病院・閉鎖病棟の体験談を書いていきます。


精神病院の閉鎖病棟といえばもう、アルコール依存症の行き着く終着駅です。

点滴 精神病院 入院
フリーフォト足成より引用

終着駅にいきつかないように、ぼくの体験談を参考にしてください。
では、アルコール依存症・入院体験談1、はじまります。


再飲酒、スリップしてしまった。原因は特にない

9月1日、暑い日だった。

まだ、まばゆい太陽が直視できず、そのあたり以外は真っ青に塗られた空。

家の北側に覗く山と、その反対、南側の武田山は、そのまばゆい陽の光で黄緑色に浮き出ている。

その山のところどころから、白い入道雲が上空へ向けてせせり立ち、その入道雲の下側の部分は暗く、テレビで言っていたゲリラ豪雨でも降っているのかな、と思わせる暗闇を落としている。


僕の頭上は、まばゆいのと真っ青だ。

青空 酒飲む
フリーフォト足成より引用

そこで、酒を、飲んだ

そこで、数か月ぶりの、酒を、飲んだ。

うつ病でアルコール依存症と診断された僕が「絶対に飲んではいけない酒を、飲んだ
いわゆる再飲酒、スリップだ。

コンビニで買った安い焼酎を、味わう、という飲み方ではなく、喉に流し込み、胃に押し込み、胃壁から体内にエタノールを注入する、という飲み方をした。


味などはどうでもよかった。

前回入院以来5カ月ぶりの酒は、美味いのかな、とは少しは期待していた。

が、実際は「味は、まあ、こんなものか」とガッカリした。


ガッカリした直後、口から喉から食道から胃粘膜まで、急に温度が上がるのを感じた。

脳が「ガッカリした」と考えるより少しだけ遅く、25%濃度のエタノール溶液によって、口がしびれ、喉と食道の粘膜が焼けつくように熱くなり、そして、胃の中に暖炉の火だねがあるかのごとく身体の真ん中が熱くなっていく。


コレ。コレ。


永らく味わっていなかった、この感覚。

すぐに、頭の中にある「嫌な感覚」というのが消えていく。

すぐに、頭の中が「気持ち良い感覚」でいっぱいになる。


コレ。コレ。

再飲酒、スリップの罪悪感が小さくなって消えていった。

再飲酒した原因は特にない。焼酎1合だけで止めておこう

再飲酒した原因は特になかった。

その日は焼酎1合だけ飲んで、ベッドで寝た。

その後、起きて嫁の送迎に行ったが、酔いは冷めていたため気付かれなかった。

少し後ろめたさを感じたが、「たった1合飲んだだけ。それで終わり。明日は飲まない」と、無理やり後ろめたさを追いやった。


次の日の早朝、いつものように嫁さんを仕事場に送迎し、家に戻った。

ふと、自分が酒を欲していることに気がついた。


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