うつ病でアルコール依存症:人生終わった男の闘病記・体験談

閉鎖病棟の体験談から、アルコール依存症・うつ病の闘病記。
2児の父が急にうつ病で倒れた。酔いにまかせて仕事にいくも今度はアルコール依存症だと。
家族から精神病院に何回も入院させられ、断酒に挑戦するが失敗。抗うつ剤、睡眠薬はいまだかかせず・・・・・・

うつ病、アルコール依存症にならないよう、みなさんのお役にたてればと思います。

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タグ:デパケン

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※断酒229日目

アルコール依存症で入院しただけなのに

1ヵ月にも及ぶ保護室から、やっと開放され大部屋にもどった。

それから何回か外泊し、なんとか退院できた。

アルコール依存症で入院したのに、酷い目にあった。
ビール 酒
フリーフォト足成より引用

結局、保護室に3回も入れられた。

最初はアルコールを抜くために。

1回目は発作で三日三晩飲まず食わず眠れず。

2回目は躁転(躁状態になる)で1ヵ月も保護室に閉じ込められた。

双極性障害を発症

入院でアルコールは切れたものの、うつ病が悪化し、躁うつ病つまり双極性障害を発症した

聞いた話によると、うつ病の薬のSSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)を飲み過ぎると躁転することがあるという。

10代のような若い人に、そのような現象が起こることがあるという。

双極性障害とは

外泊時に双極性障害についてネットであれこれ調べた。

ハイテンションな躁状態がしばらく続き、次はうつ状態がそれ以上長くつづく。
躁状態
フリーフォト足成より引用

躁状態の時は気分が乗っているので病院に行くことはないが、うつ状態の時はしんどいため病院に受診する。

医師はうつ状態の時だけ診察、となってしまうため、うつ病と誤診されることも多いという。

けいれんについて

けいれん発作について調べたが、「パニック発作を起こす場合がある」とは述べられているものの、けいれんについては見つからなかった。

主治医に聞いてみたところによると、けいれん発作には「大発作」と「小発作」があるという。

大発作」は文字通り、大きな発作で、てんかんのように意識がなくなるほどのけいれん発作だ。

小発作」は意識があるものの、筋肉がけいれんしたり固まって動けなくなるという。
発作
フリーフォト写真ACより引用

ぼくに起きた現象は後者のほうらしい。

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薬について

躁状態を抑える「デパケン錠」を大量に飲まされるようになった。

薬のせいで、酷いうつ状態になってしまった。

退院後、何か月もベッドに寝たきりで、働くことができなかった。

しんどいので薬を止めると

あまりにもしんどいため、自分でデパケンを除いて飲んだりしてみた。

すると、車の運転中に発作が起きそうになった。

その時は、制限速度60キロの道なので80キロくらいで走行していた。

なんだか「嫌な予感」がしたので、たまたま左車線側にあったコンビニに急停車した。

コンビニに停まったとたん、発作が起きた

全身の筋肉が硬直して、身体が動かなくなった。

意識はあった。

妻が大慌てで119番通報をした。

しかし、救急車が着た頃には発作は治まり、普通に動けるようになっていた。

タバコに火を着けて吸った。

救急隊員には、「もう大丈夫です、すいません、申し訳ない」と言って、帰ってもらった。

もしコンビニに停めてなかったら大ごとだった。

体が硬直し、ブレーキを踏むことなく前の車に激突していたことだろう。
事故
フリーフォト写真ACより引用

後ろから衝突なので100%こちらが悪く、むち打ちにでもなっていたかもしれない。

入院費、慰謝料を請求されていたかもしれない。

危なかった。

怖くなって、デパケンを飲むのを止めるのを止めた


長い長い、4か月にもわたる入院だった。

退院して、これに懲りてアルコールをきっぱり止めた、といえば止めた。

いつも退院したら酒は止めるのだ。

何かがないかぎり。

こんどの断酒が長く続けばよいのだが・・・・・・


・・・・・・ 精神病院 体験談3(完) ・・・・・・


長い間読んでいただき、ありがとうございました。

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※断酒228日目

双極性障害と診断された

病院でも家でも異様なハイテンションが続いた。
双極性障害
フリーフォト足成より引用

看護師がその状態を主治医に報告したのだろう。

双極性障害と診断され、また保護室に戻された。

大部屋の荷物もみな移動された。

「もうすぐ退院」

という予想はまったく裏切られた。

また保護室に閉じ込められる

また牢獄のような保護室に閉じ込められた。

食事の時はデイルームに出られるが、その他の時間は鉄格子の中だ。

薬も、SSRIは切られ、デパケンとエビリファイになった。

一気にテンションがさがり、辛く苦しい日々となった。

少年マンガを部屋に持ってきて読んだ。

いつもは読まずに飛ばすマンガも、隅々まで読んだ。


時間がたたない。

タバコは1日4本に戻ってしまった。

薬のせいでうつ気味となり、誰ともしゃべりたくなかった。

廃人のようになった。
廃人
フリー素材いらすとやより引用

その日は飯を食って薬を飲んで寝た。

保護室で1週間目

保護室に閉じ込められて1週間が経とうとしている。

あいかわらず出してもらえない。

主治医には「早く出してほしい」との希望を出すのだが、なぜか出してもらえない。

辛くて泣きそうになった。
泣く
フリーフォトPAKUTASOより引用

読み物が無くなってきたので、近くの新聞販売店に電話し、「ニューヨークタイムズ」の古いのを持ってきてもらうよう頼んだ。

和英辞典を家から送ってもらい、英語の勉強をしようとした。

しかし、「ニューヨークタイムズ」のネイティブな英語は、辞書を開いてもよく分からなかった。

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保護室で2週間目

保護室に閉じ込められて2週間が経とうとしている。

もう日付の感覚がまったくなくなってきた。

一応、毎日デイルームのカレンダーでチェックする。

もう2週間も閉じ込められている。

拘置所で2週間とか、こんな気分なんだろうか。

いや、取り調べなどがあり、もっとキツイに違いない。

ドアのガラスごしに、元いた大部屋の仲間が

「まだ出られないのか?」

と手探りで聞いてきた。

ぼくは首を横に振って、

「まだだ」

と答えた。

保護室で3週間目

保護室に閉じ込められてもう3週間。

もう気が狂いそうだ。

発狂しそうだ

どうにかなりそうだ。

公衆電話から、市の精神保健センターへ電話した。

「不当に保護室に入れられている」旨を伝えた。

主治医の名前も言った。

どう言われたか忘れてしまったが、

「病院に対してなんとかする」ようなことを言われたと思う。

保護室で4週間目

保護室に閉じ込められて4週間。


もう限界だ。

一か月も牢屋に閉じ込められている。

頭がおかしくなる。

今日で発狂する

ぼくは発狂してしまう。

爆発する!
爆発する発狂 PAKUTASO
フリーフォトPAKUTASOより引用

弁護士に連絡してみるも、病院内のことは手が出せないという。

そしてある日、看護師に

「中間開放になったので、昼間は大部屋にいてもいいですよ」

と、やっと釈放の許しがでた。

精神保健センターが手をまわしてくれたのか。


やった。

一か月閉じ込められて、やっと開放された。

もう発狂寸前だった・・・・・・

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※断酒227日目

異常にテンションが上がりすぎ

ぼくは保護室での3日間、72時間に及ぶ飲まず食わず眠れずに耐えた。

そして大部屋にもどった。

平穏な日々を過ごせるかにみえた。

しかし、ぼくはなぜか異常にテンションが上がりすぎていた。

本人はまったく覚えていないのだが。

大声で話し、看護師の背中をバンバンと叩きながら、高らかに笑っていたという。


最初は看護師に

元気になったね

と言われていた。

単に保護室から脱出できたころが嬉しくてテンションが上がっていたのかと思った。

が、その異常なテンションはとどまるところを知らずどんどん上がっていった

やみくもに看護師を捕まえて話かけたり、他の患者に話しかけていたという。
テンションが上がる
フリーフォト足成より引用

家でも異常なテンション

しばらくして、外泊許可がおりた。

久しぶりに家に帰れるし、外泊できるということは退院が近いということだ。

さらにテンションが上がる

車で迎えに来た妻に、病院で起きたありとあらゆることを喋っていたという。

家に帰っても異常なハイテンションは止まらず、普段あまりしゃべらないぼくが妻にしゃべりまくる。

退院したらアレやろう、コレやろうと思いついたものをカレンダーに書きなぐっていた。
カレンダー
フリーフォト写真ACより引用

「アレやろうリスト」は何十行にも及んだ。

なにかもう、無敵になった気分だった。


病院に帰院する日になった。

妻は、「家での状態」を記入する紙切れに、「テンションが上がりすぎて大変だった」のようなことを書いていた。

病院にもどり、

「戻りました!」

大声でさけんだ

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双極性障害との診断


妻が記入した紙と、看護師がぼくの状態を主治医に報告したのだろう。

その日に診察室に呼ばれ、言われた。

「どうも、うつ状態から躁転(躁状態)しているようですね。
双極性障害
フリーフォト写真ACより引用

双極性障害かもしれません。落ち着くまで、保護室にいてください」

ソウキョクセイ・・・・・・ナニソレ。

躁うつ病のことです。薬も変えます」

なんだそりゃ。

今思えば、けいれん発作も異常にテンションが上がるのもなにもかも、SSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)の飲み過ぎでうつ状態から躁状態になり、双極性障害(躁うつ病)を発症していたのだ。

「また保護室・・・・・・」

少し前まで苦しみを味わった保護室に逆戻り。

げんなりした。

退院は間近ではなかったのか。

なぜ保護室に行かないといけないのか。

そのころは双極性障害について何もしらず、ネットがないので調べようがない

指示に従うしかなかった。

双極性障害用に薬に変わり、また保護室へ

また牢獄に閉じ込められた。
保護室
フリーフォト足成より引用

荷物も持ってこられたので、長くなるということか。

薬は、SSRIがすべてなくなり、変えられて「デパケン錠」というのと「エビリファイ」になったと思う。

デパケン錠を飲み始めると、一気にテンションが下がった

今度はうつ症状が強くでて、辛いばかりとなった。


この牢獄の苦しみがあんなに続くとは、その時は考えもしなかった。

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