うつ病でアルコール依存症:人生終わった男の闘病記・体験談

閉鎖病棟の体験談から、アルコール依存症・うつ病の闘病記。
2児の父が急にうつ病で倒れた。酔いにまかせて仕事にいくも今度はアルコール依存症だと。
家族から精神病院に何回も入院させられ、断酒に挑戦するが失敗。抗うつ剤、睡眠薬はいまだかかせず・・・・・・

うつ病、アルコール依存症にならないよう、みなさんのお役にたてればと思います。

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タグ:パチンコ

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※断酒170日目

〇薬の整理のため総合病院に入院


精神病院に入院する前、普通の総合病院に入院したことがある。

厚生病院という名の総合病院だった。

昔から通っていたクリニックから、上司の勧めで別のクリニックに転院した

ぼくがうつ病であまりにもたくさんの精神科の薬を飲んでいたため、新しい主治医に、

「いったん入院して、薬を整理して来なさい」

と言われ、しかたなく入院していた。


総合病院 入院
フリーフォト写真ACより引用

その病院にはデイルームも本棚もない。

個人用にテレビはあったが、普段テレビをあまり観ない。

退屈でしかたがなかった。

最初の数日は、庭でシャドーボクシングしたり、7階まである階段を駆け上がったりしていたが。

それも飽きてきた。

●毎日 外出、毎日 パチンコ


外出は普通にできたので、外出用紙に記入し、毎日出かけた。

近所にパチンコ屋が3件もあったため、毎日スロットを打っていた。

なんのために入院してるのかわからない、そんな感じになっていった。

スロット パチンコ 飲みながら


ある日、2時間くらいコインが増えては減って、増えては減ってと続くので、飽きてきた。


コンビニがすぐそばにあった。

ほんの出来心で、ワンカップを買ってしまった

1杯だけ、のつもりだった。

酔いが醒めたら病院に帰ろう。

どこかのアル中映画のタイトルみたいになってしまった。

ところが、ぼくはその時、アルコール依存症と診断されてはなかったものの、ほぼアル中の卵だった。

1杯ではすまなかった。

次から次へと飲み、「どうせ強制退院になるんだから」と、家の方に向かって帰っていった。

〇うっかり無銭飲食、後払いは不可だった


帰る途中、腹が減ったのでラーメン屋に寄った。

ラーメンと餃子、久しぶりに濃い味の食物を食べた。

病院食ばかりだったので、久しぶりに美味い物を食べた。

ラーメン 餃子
フリーフォトPAKUTASOより引用

ラーメン餃子を平らげ、会計に行って財布を開くと・・・・・・

お札がなかった。

200円ばかりの小銭しかなかった

「しまった」

スロットにつぎ込んで、お金が無いことに気がついていなかった。

これでは無銭飲食になってしまう。

銀行口座には金がある。

店員に「キャッシュカードでおろしてくる、それから払う」旨を伝えた。

しかし、融通のきかない店員はぼくの腕をつかんで店の外に出た。

すぐ目の前に・・・・・・交番があった。

●酔って無銭飲食で交番へ


交番に突き出されたぼくは、無銭飲食で逮捕されるのかどうなるのか怯えていた。

が、その交番で一番偉いであろう所長らしき人に、

「そこのイスに座ってなさい」

と、交番の隅にある丸椅子を指した。

「あんたの家族に連絡とるから、酔いが覚めるまで座ってなさい」

と言った。

どうやら軽犯罪法で逮捕ではなさそうだ。

交番 警察 無銭飲食
フリーフォト写真ACより引用

そのお偉いさんは、事件がないとヒマなのだろう。

ぼくにいろいろ話しかけてきた。(内容は、もう昔過ぎて忘れました)

ちょうど留置所の鉄格子が見えたので、酔っているぼくは

留置所に入れてくれ

と頼んだ。

しかし、断られた

留置所に入れるのに、いろいろ書類を書かなければならず、大変なのだという。


「タバコを吸ってもいいですか」

と尋ねると、

「おう、ワシも吸おうか」

と、連れタバコすることになった。

交番の前の、ちょうど階段状になっている入口に2人座ってタバコを吸いながら雑談した。

とても親切な所長さんだった。


交番で2、3時間待ち、酔いも醒めてきたころ。

車で嫁が現われた。

ものずごい形相でにらみつけてきたため、目をそらした。

彼女はラーメン屋の支払いを済ませた後、言った。

病院から電話がかかってくるし、警察からも電話がくるし。

どうなっとるん、どうしたんかと思ったわいね!

もう恥ずかしいやら情けないやら、もう、やれん!

いつの間にやら、かなりの心配と迷惑を嫁さんにかけてしまったようだ。

そこまで言われないと酒飲みは気がつかない。

そのつもりがなくても、家族に迷惑をかける。

酒飲みは本当にたちが悪い。

今だから言えるが、そんな状態になる前に、酒を止めるべきだ


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アルコール依存症での精神病院・閉鎖病棟再入院

アルコール依存症での精神病院・入院体験談その2です。

精神病院に再入院してしまいました。

今回の実話では、時期が昨年の「合法ドラック法」執行直前でした。

なので、警察が「合法ドラッグ患者を確保」したのに逮捕できず、しかたなく精神病院に送り込んだのです。

そんな人がたくさん入院していました。

現在は、法律が執行されたので、合法ドラックは逮捕されます。

それでは第2話です。


精神病院に再入院

僕は今、瀬野川病院という広島一の精神病院の閉鎖病棟に入院している。

また、だ。

瀬野川病院
瀬野川病院HPより引用
今、入院している精神病院の閉鎖病棟には、病棟に鍵がかけられている。

ドアから外に出ることのできない、外界からまったく遮断されたところだ。

なぜ外界から遮断されているのか、というと。

その階には、薬物中毒重い統合失調症重い発達障害など、いわゆる放送禁止用語でいわれるような患者たちが入院している。

外界から遮断しないと治療にならなかったり、または社会に迷惑をかけるからだ。


ぼくはその集団にほうりこまれた・・・・・・

というよりぼくがアルコール依存症、いわゆる「アル中」となり、その集団の一員となってしまったのだ。

最初にもらう入院計画書には、「3ヵ月の治療・療養が必要」だと記述されていた。

重い薬物中毒患者、統合失調症患者、双極性障害の人々と一緒に3ヵ月もここで暮らさなければならない。

なんでこんなところに入れられているのかというと。

アルコール依存症のぼくが、決して飲んではいけない「酒」を飲んでしまったからだ。

断酒していたのに、誘惑に負けて飲んでしまった。

3ヵ月はとてもきつい。

きついし、人生の時間の無駄だと思う。

が、自分が悪いのだからしかたがない。

酒が切れれば退院させてくれればいいのに、そうはいかないらしい。

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パチンコに勝った、酒も買った

なぜ飲んだのかというと。

パチンコに行ってめずらしく勝ってしまった。
パチンコ スロット
勝ってうかれていたのか、おめでたな気分だったのか。

ふいに酒が飲みたくなった。

どのように飲んだのかというと。

家族に隠れて近所の商店にこっそりと焼酎を買いに行き。

焼酎をストレートで胃に流し込み。

残りはベッドの下に隠した。

焼酎
フリーフォト足成より引用
そして次の日、朝起きてすぐに酒を入れ、夜寝るまで飲み続けた

ただ、自分の部屋で大人しく飲み、決して人に暴力をふるったり騒いだりはしなかった。

静かなるアル中、サイレントドランカーというやつだ。


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酒でブラックアウトから、かすかな記憶が

脳内に浮かび上がった5枚の静止写真。

1枚目、パチンコ屋の写真。

2枚目、B町のせせらぎ公園の川沿いを歩いている写真。

3枚目、C町のスイミングスクールで、子供のお母さんと話しをしている写真。

4枚目、そのスイミングスクールの前で、座って待っている写真。

5枚目、サイレンを鳴らすパトカー3台が到着し、白いヘルメットの警察官6・7名が座って待っている僕の周りに集まってくる写真。

パトカー 警察官
フリーフォト写真ACより引用

その静止画像に、少しずつ、記憶が付着していた。

僕はそのわずかの記憶から、僕が何をやったかを推測し始めた。

タイルの上に敷かれたふとんに横になり、1枚目の、パチンコ屋の写真を思い浮かべた。

飲みながらパチンコを打つ

そこはA町にあるパチンコ店。

・・・・・・ ふうん、まず、パチンコを打ったのか。

A町の嫁の勤務先で車を放置し、ワンカップ焼酎を空けた後、僕は酔ってバスに乗ってそこに行き、パチンコを打ったのだろう。

そこで完全にブラックアウトしたのだろう。

ということは、近くのコンビニで、さらにワンカップ焼酎を追加飲酒したのかな。

2枚目の、B町のせせらぎ公園の川沿いを歩いている写真。

A町の南のB町までは数キロある。

そのB町の古川沿いを歩いていた。

なぜか、「水の中」にいたような気がした。

・・・・・・お金がなくなって、歩いていたのかな。

3枚目、C町のスイミングスクールで、子供のお母さんと話しをしている写真。

B町からC町までも、数キロある。

ずっと歩いていたのだろうか。


なぜかスイミングスクールへ

何故、スイミングスクールの中に入ったのか、理由が分からない。

ただ単に、歩き疲れて、休む場所がほしかったのだろうか?

娘の同級生がこのスイミングスクールに通っていた。

それを思い出して、興味本位で立ち寄ったのだろうか。

スイミングスクール
フリーフォト写真ACより引用

4枚目、そのスイミングスクールの前で、座って待っている写真。

なぜか、そこの女性従業員に手をつかまれて、玄関で座って何かを待っていた。

・・・・・・何故? 何を待っとったんや?

5枚目サイレンを鳴らすパトカー3台が到着し、白いヘルメットの警察官6・7名が座って待っている僕の周りに集まってくる写真。

・・・・・・あ。

解かった。

何もかも繋がった。

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警察に確保される瞬間

要するに、こういうことだろう。

飲んで酔っ払って10km程度歩き続け、疲れはててスイミングスクールに立ち寄り、休憩した。

そこに、子供づれの母親たちがたくさんいた。

そして、酔って上機嫌な僕は見知らぬ母親たちに何か話しかけた

母親たちは、泥酔している僕を見て、不審者と思い、従業員に伝えた。

従業員が警察に通報した。

そんなところだろう。

もちろん僕は小さい子に興味はない

プールで泳いでいる、僕の娘ほどの年端もいかぬ少女たちに何の興味もない。

だが、このご時世、

40歳の酔っ払ったオッサンが一人で、子供達が大勢いるところでうろついている
ということだけで、当然、不審者ということになるだろう。

今考えると、僕を座って待たせている女性従業員の手を振りほどいて、走って逃げれば済んだことだ。

でも記憶のない僕は、言われるがままおとなしく座って、警察が来るのを待っていたんだろう。

サイレンを鳴らすパトカーが到着し、結局ぼくは警察に確保される。

僕はおとなしくパトカー後部座席に乗り込み、警官に両脇を挟まれていた。そんな記憶が、蘇る。

パトカーと警察官
フリーフォト写真ACより引用

・・・・・・なんてこった。

気がつけば、窓の外は暗くなっていた。

紺色のオッサンが再び現れた。

「家族の方が来られました。出てきなさい。」

そういって、留置所の鍵を開けた。


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