うつ病でアルコール依存症:人生終わった男の闘病記・体験談

閉鎖病棟の体験談から、アルコール依存症・うつ病の闘病記。
2児の父が急にうつ病で倒れた。酔いにまかせて仕事にいくも今度はアルコール依存症だと。
家族から精神病院に何回も入院させられ、断酒に挑戦するが失敗。抗うつ剤、睡眠薬はいまだかかせず・・・・・・

うつ病、アルコール依存症にならないよう、みなさんのお役にたてればと思います。

タグ:精神病院

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※断酒206日目

酒を止めて仕事にちゃんといく

妻がたまりかねて
月曜日までに酒を止めなければ、また精神病院につれていく
と言いはじめた。
※患者は一歩もシャバに出ることのできない、閉鎖病棟。

わかった。 明日こそ酒を止める。 仕事にもちゃんと行く
ぼくはそう約束した。

そして前の日、 「最後の晩さん」 のつもりでたらふく飲んだ。
目が覚めると二日酔いだった。
気分が悪い。
二日酔い
フリーフォト足成より引用

とても新会社に行く気分じゃない。
子どものおもちゃ箱の底をさぐり、隠していた安焼酎のストックを見つけ朝から胃に流し込んだ。
脳にエタノールを供給した。

アルコール依存症者は、酔えればいい

ほとんどのアルコール依存症者は朝から晩まで大量に飲酒するため、いかに安くアルコールを購入するかに知恵をしぼる。
味なんて関係ない
以前飲んでいた、高価なワイン、熟成されたシングルモルト、肴にあう純米吟醸などにまったく興味がなくなる。
とにかくアルコール依存症者は、酔えればいい。
どれだけ安くアルコールを摂取できるか。
その安いアルコールでどれだけ酩酊できるか。

あるアルコール依存症者は、スーパーに並んでいる大きな透明ボトル、4リットル入り焼酎を購入する。
別のアル中は 「ひねる注ぎ口」 のついた3リットル紙パック入りワインを買う。
単位はすべて 『リットル』 になる。
4リットル焼酎
Amazonサイトより引用

酒を隠し始める

しかしそれは、家族がまだ飲酒を認めている場合だ。
アルコール依存症と診断されると、それは一体ナニモノカと家族が勉強をし始める。
自助グループに参加したりもする。
そして、あげくのはてに 「酒を飲むな」 と言いはじめる。

そうなると次は、家族に見つからないよう酒を隠し始める
ベッドの下、タンスの奥、本棚の裏。
最初のうちは、それら空き缶や空き瓶をコンビニのゴミ箱にすてるなど、証拠隠滅を行う。
酒の空き缶
フリーフォト写真ACより引用

しかしだんだん、飲んで酩酊することだけに満足し、完全犯罪が面倒くさくなってくる。
隠していたのと同じ場所に空き瓶を戻すだけとなる。
そして証拠をどこに隠していたか本人ですら覚えていない、という具合になる。
酒の空き瓶
フリーフォト写真ACより引用

酒ビンはないのに、猛烈に酒臭い。
不信に思う妻が酒の隠し場所を探しあてると・・・・・・本棚の裏に蓄積されたワンカップ安焼酎220ccの空き容器の山が。

激昴した妻に責められると、酔った頭で次の隠し場所を考え、また酒を隠し始める。
トイレの棚の上、子どものおもちゃ箱の底など。
そしてまた、どこに隠したか忘れる

たまたま忘れたころ、隠していた新品の焼酎が見つかることがある。
これは非常に嬉しい。

精神病院へ

話しはもどる。
ぼくは 「酒を止める」 と約束した日の、朝から飲んだ。
妻との約束をやぶった。

そしてあきれ果て、すべての希望を失った彼女の運転で、精神病院へ向かった

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次記事→

前記事→再飲酒により飲酒欲求が復活し、うつ病が悪化する 精神病院 体験談3(3)


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※断酒187日目


ぼくがアルコール依存症と診断され、9年が過ぎた。

はじめは

あなたはアルコール依存症です

と、聞いたことがあるようなないような病名をつけられ、最初は「なんだそりゃ」と思った。

自分は「ただの酒のみ」だと考えていた。


まずは「断酒会というものがあるので、そこに通いなさい」とも言われた。

「はあ、断酒会ですか?」

なにそれ。

断酒会とは

ネットで調べてみたところ、みなさんご存知、全国的に「ふたば断酒会」「AA」が有名でした。

日本の2大断酒会。


ぼくは一応、どちらも通った。

ご存知のとおり、AAはアルコール依存症大国アメリカ発症で、おおむかし日本に上陸してきたもの。

無宗教派が多い日本人からみるとちょっとばかりキリスト教的、というか聖書的、な雰囲気。

1回に集まる人数は小規模で、6名とか8名くらい。

それらアルコール依存症者たちが、過去の経験を分かち合う。

2時間だったと思う。
断酒会 AA
フリー素材いらすとやより引用

ふたば断酒会のほうは、AAを日本人向けにアレンジしたもの、と聞いたことがある。

60年ほどの歴史がある。

どちらも全国に各支店というか各支所が散らばってある。

広島では月に一度、センターに300名以上集まる会があるが、普段は各支所で20~30名が集まって、やはり経験談を分かちあう。

ふたばのほうは「断酒の歌」のようなもの皆で歌った記憶がある。

アルコール依存症の家族があつまる家族会といのもある。


どちらも人によっては“合う、合わない”があるので、お好きな方に通われたらよいと思う。

現在ぼくは、ふたば断酒会から枝分かれした、地方ローカルの小さな断酒会へ通っている。

ぼくは酒をいったんは止めるのだが仕事のストレスなどで数年、またはたった数か月でスリップ・再飲酒し、10回近くも精神病院・閉鎖病棟入院した。

その際どっぷりとアルコール依存症セミナーを受けさせられた。

入院10回近いので、同じ話を何回も何回も、耳にタコができるくらい聞かされた。

画像20131014瀬野川病院 瀬野川病院HP
瀬野川病院 瀬野川病院HPより引用

そこでとにかく言われたのが、退院したら絶対に以下の3つの事項を守ること。

断酒の3本柱

①必ず毎日、抗酒薬を飲むこと。シアナマイドまたはノックビン

②自助グループ(断酒会)に、とにかく通うこと。これはどの断酒会でも良い。

③外来通院すること。

それに加え、④飲酒欲求を抑えるレグテクトを飲むこと。

とにかく、上記3つを守らないと、ほとんどの人がスリップ(再飲酒)→連続飲酒→再入院を繰り返すらしい。

・抗酒薬シアナマイド 24時間ほど効き目がある
抗酒剤シアナマイド

・抗酒薬ノックビン 1週間ほど効き目がある
抗酒剤ノックビン

どちらも、薬を飲んだあるアルコールを節酒すると、全力疾走したあとのように心臓がバクバクし、視界が真っ白になり気分が悪くなり、救急車を呼ぶハメになる。

ベテランのアルコール依存症者(と、いう表現でよいのか)で、上記3つを守っていても、

たまに失敗して再入院する方がいる。

なので、アルコール依存症ビギナー(と、いう表現でよいのか)は、必ず3つを守らなければならない。

アルコール依存症を甘く見てはいけない。

繰り返し再入院の先にまっているものは・・・・・・

1.肝臓、すい臓の病気

とうぜん肝臓がやられ、肝硬変から肝臓がん慢性すい炎からすい臓がん

どちらも沈黙の臓器なので、症状が現れた時には手遅れ。病院で息を引き取りたくはないですね。

だんだんと飲む量は増え、アルコール度数は上がり、食べる量が減ってくる。

2.消化器官の病気

とうぜん、のど、食道、胃、腸がやられ、下痢などが続くようになる。

肝硬変、肝炎からの影響で、静脈瘤(じょうみゃくりゅう。静脈がふくれ、ところどころがコブのようになる)ができはじめる。

※どういうメカニズムでそうなるのかをひとことで説明するのがむずかしいので、興味のある方はネットでお調べください。

足など皮膚にできるものは良いのですが (皮膚に紫色の血管がうにょうにょと浮き出てくるため、見た目は気持ち悪い)

これは食道・胃もおなじ状態になる。

消化器には皮膚がなく、粘膜だけ。

そこに静脈瘤のコブができる。

硬いものを食べると傷がつき、破裂する。

そうなると胃や食道の中で大出血。

そういうボロい血管はなかなか血が止まらない。

そして、胃の中に2~3リットルの血がたまり、口から黒い血液が噴出、吐血

床いちめん、血まみれ。
吐血 食道静脈瘤
フリーフォト写真ACより引用
出血量が多くてその場に誰もいなく、本人は失血で失神したまま出血がつづくと・・・・・・死に至る。

脅しじゃないですよ。

間一髪で助かった、発見があと少し遅ければ・・・・・・そういう事例はたくさんありますから。

(つづく)

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次記事どうぞ→アルコール依存症は断酒会に行くべきか?一人で飲みすぎたら脳みそはどうなる?(2)

前記事どうぞ→
節約には禁煙が一番効果的 無職旦那のお金の節約術(3)


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まだアルコール離脱症状が残っているようだ。


テレビを観ても、ニュースキャスターの声が一切頭にはいってこない。

少年ジャンプを見ても、話しの内容が一切頭にはいってこない。

雑誌をみても、2、3行した追えず、1ページも読むことができなかった

集中力がまったくなくなっていた


本棚 精神病院
フリーフォト足成より引用


しかたがないので、ぼくは他の入院患者たちを観察することにした。


〇動物園の猿のような少年がいた


最初に目に付いたのは、看護師に連れられてきた、奇声をあげる少年だった。

意識して目をやったのではなく、いやがおうでも目に入った。


15歳か16歳くらいだろうか。

一見高校生くらいに見える。

奇声といても、怒鳴ったりわめいたりするのとは、ひと味ちがう。


パキャッ! キィィーッ!

と、まるで動物が発声しているかのようだった。


そして少年は叫びながら飛び跳ねる。

飛び跳ねつつ「パンッ! パンッ!」と手を叩く。



また「キィィーッ キィィーッ!」と奇声を発しながら飛び跳ねる。

それを男の看護師2人が追いかけてゆき、はさむように取り押さえる。


そのまま両手をおさえ、廊下のほうに引きずっていった。



僕はあっけにとられていた。


まるで動物園のテナガザル飼育員だと思った。



サル 猿 精神病患者
フリーフォト足成より引用

動物園でその光景を見ているような錯覚におちいった。

または猿の惑星かとも思った。


看護師も、デイルームの患者集団のところへ連れて行けば大人しく雑談でもするかもしれない、そう期待して連れてきたのだろう。

〇まるで大暴れする動物のよう


ところがどっこい、テナガザルは大暴れだ。

興奮したのかもしれない。


これはちょっと酷すぎる。

人間では、ない。

ここまで育ててきた親はどういう気持ちだったのだろう。

喋るどころか奇声を発することしかできない。

特別な施設にでも入れてたのだろうか。

そして施設で対応できなくなり、精神病院に送り込んだのだろうか。

我が子を精神病院送りにする、親がなんだか可哀そうになった。


キィーッ キィィーッ!


保護室に続く廊下まで、まだ奇声が響きわたっていた。



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ぼくはまだ精神病院の4畳半あまりの狭い保護室で、世間から完全に隔離されている。


まだ「半開放になっていない」ため、保護室に閉じ込められたままである。

食事時以外は牢獄から出ることはできない。


半開放になれば、デイルームで過ごすことができるようになり、いくらか気がまぎれるのだが。

他の患者とおしゃべりして、あんがい楽しく過ごせるかもしれない。


まだ完全隔離なので、食事が終わったらすぐ歯磨きだ。

そのあとなので、テレビは食後の10分くらいしか観ることができない。


テレビ 精神病院
フリーフォト写真ACより引用


本棚に古い少年ジャンプやマガジンなどのマンガがあり、自室に持ってこれるが、まだアルコール離脱書状でボーっとしており、読んでも読んでもまったく頭に入らない。


もちろん、お菓子もなければ冷蔵庫もない。


〇再飲酒・スリップの原因


できることといえば・・・・・・


離脱症状に苦しむ中、脳内で飲酒に至ったまでの過去の記憶を引きずり出し、これでもかと繰り返しはんすうするのである。


断酒失敗して再飲酒してからのことを、ずっと考え続けるのである。

あの時、あの一杯さえ我慢しておけばこんなことにならなかったのに。


朝から飲むことさえやめておけば、こんな辛い目にあわずにすんだのに。


嫁さんに悪いことをした。

愛娘に悪いことをした・・・・・・


考える 保護室
フリーフォトPAKUTASOより引用

〇離婚・退職を考える


そして今後おきるであろう物事を最悪のケースでシミュレーションしていく。


片方に嫁さんの名前が記入された緑色の離婚届が明日にでも送られてくるかもしれない。


解雇するかわりに、退職願いを提出するよう会社がすすめてくるかもしれない。



もしかしたら愛娘たちとは離ればなれになり、ひとり部屋でやけ酒をあおっているのだろうか。

もしかしたら酔ったまま娘に逢いに行くかもしれない。

そしてそのまま警察に連行されるかもしれない。


金はいつまでもつのだろうか。

貯金はいくらあっただろうか。

独りで飲んで飲んで、あげくの果てに孤独死するのではないだろうか。

時計がないので、いくら考えても時間がたたないように思えた。



こんなシミュレーションを、まる三日、72時間にわたり、えんえんと繰り返すのである。




看護師が来て、

「次の点滴ですよ、横になってください」

と言った。


点滴 精神病院 保護室
フリーフォトPAKUTASOより引用


言われるがままに横になり、点滴を打たれた。

点滴は主にブドウ糖になにかの薬がまじっているもので、アルコールの解毒のために行う。

午前、午後と2回も行われた。

もううんざりする。

また点滴のスピードを思いっきり早めた


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〇精神安定剤の効果


保護室で、点滴を打たれた。


点滴 精神病院
フリーフォト足成より引用


すぐに看護師が、頼んだ精神安定剤と水をもってきた。

すぐ効くように、白い錠剤を噛み砕いて水で流し込んだ。


にがい。


横になった。

この点滴が長くで嫌だ

自分で調整して、早くした。

点滴 精神病院


点滴を打たれながら、白っ茶けた天井を見ていた。


しばらくすると、安定剤のせいかいくぶん気分がやわらいだような気もする。

少しは楽になった気がする。

薬名を聞き忘れた。

プラセボ効果かもしれない、とも思った。

とにかくこの強烈な恐怖感、不安感は耐えがたかった。

〇アルコール離脱症状の期間を耐える方法


身体、手、足はあいかわらず震え続け、びっしょりと汗をかいている。

この状態から逃げる方法はないかと焦っているうちに、以前、何かの本で読んだことを思い出した。


脳内革命」という本だったと思う。


ある方法で、βエンドルフィンという脳内ホルモンを自ら分泌し、リラックスさせることができる、と書いてあった。


その方法は「複式呼吸」だった。


複式呼吸を続けると、脳内でβエンドルフィンという物質が分泌され、リラックスできるのだという。

βエンドルフィンは、ヘロインよりもずっと強い快楽効果があるとも書いてあった。


天井を見つめながら、お腹を両手で押さえ、複式呼吸をずっと繰り返した。

呼吸に集中していて、いつのまに時間が過ぎたのだろう。

〇病院のまずい食事


とつぜん

「晩ご飯です。デイルームにお集まりください」

と、天井のスピーカーが言った。


ガチャリと鍵が開けられたのでドアを開き、デイ・ルームへと歩いた。

各病室から、ぞろぞろと死人のような患者が出てきた。

皆、表情がなかった。

皆、保護室でひとりづつ辛い思いをしているのだろう。


デイルームには、テーブルに食事と名前の書いたネームプレートが置いてあった。

自分の名前が書かれた席へつき、黙ったままメシを喰った。

お腹はすいたように感じたが、たいして食べれなかった。

食事がまずいか、酒で食道や胃がやられていたのだろう。


病院食 精神病院
フリーフォト足成より引用

死人たちは、誰もしゃべらなかったように思う。


メシが終わると、テレビが点いていたのでニュースを見た。

目はテレビを見ていたが、アナウンサーが話すニュースは、なにも頭に入ってこなかった

僕の脳は、光、音としてのみテレビを認識していた。


情報として、それが発する内容を理解できなかったのだ。

画面のアナウンサーが口を開閉する。

それと同時に太くハッキリとした音が聞こえてくる。

その光と音は、目と耳を通して脳を通過し、後ろから出ていった。


まだ6時にもなっていなかった。


しばらくすると「各自、部屋に帰りなさい」と命令され、自分の部屋にもどった。


またガチャンと音がして、鍵を閉められた。


またひとりになる。

また恐怖感、不安感が襲ってくる。

手足も震えている。


横になり、複式呼吸をしながら、夜になるのを待った。

なかなか、窓が暗くならない。

そりゃそうだ。

6月末だ。

一年で一番日が長い。


夕暮れ 精神病院 保護室
フリーフォト足成より引用

〇睡眠薬を飲んでも眠れない


1時間くらい経ってもまだ外は明るかった。

心のなかは闇なのに。


意識があると辛いばっかりなので、睡眠薬をもらい横になった。

そのまま2時間か3時間か過ぎたように感じたが、意識はぜんぜんなくならなかった。

睡眠薬を追加してもらった。

気がつくと、真っ暗だった。


いつのまにか眠ってしまったのだろう。

手もとに時計がないため、何時なのか、さっぱりわからない

鉄格子の向こうの曇りガラスが、ほんの少しだけ青く染まった空の色をにじませていた。


朝かな、と思った。


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〇精神病院の隔離病棟、保護室へ


精神病院のストレッチャーに乗ったぼくは、どこかを通り、どこかのドアをあけ、どこかに入れられた。



気がついて正気にもどると、ぼくは、鉄格子の部屋にいた。


閉鎖病棟の保護室だ・・・・・・


保護室 閉鎖病棟 鉄格子
フリーフォト足成より引用


茶色いな、と思った。


ゆかは、茶色のタイル。


正面は、茶色のペンキで塗られた鉄格子と、茶色のペンキで塗られたの鉄とびら。


鉄格子の柱と柱のあいだに、透明なプラスチックの板がはめられている。

左右は、茶色い木の壁。


木の壁には、「早く出せこのやろう」とか「〇〇くん好き」とか、爪でひっかいて書いたであろう文字が読み取れる。


上を見上げると、うす茶色にしみついた、元々は白であったであろう天井。


その天井には、古い蛍光灯と、20センチくらいの円のスピーカー、
直径10センチくらいの火災報知器、それにスプリンクラー。

隅のほうに、黒い60センチ平方のプラスチック板、その向こうに透けてみえるのは監視カメラ



目に付くもの、すべて茶色だった。



茶色でない色はというと。


床に直に敷かれた一畳くらいの水色のマット。


マットの上に、ベージュの古ぼけた敷ぶとん。


〇保護室の布団にカバーはない、

 トイレは自分で流せない


その敷きぶとんにも、うすピンクの掛けぶとんにも、カバーすらかけられていなかった。


背中がわには、奥に一畳ほどの空間があり、ステンレスの黒色の便器があった。


トイレットペーパーは、便器の横に投げてあった。



保護室 トイレ 便器

フリー素材集イラストACより引用


トイレをしても、自分では流せない。

水に顔を突っ込む人がいるのだろうか。

毎回、トイレをする都度、看護師を呼ばなければならない。



そう、前回と同じ。


通称「」、保護室と呼ばれる、隔離病室の中に、ぼくはいた。



もちろん、鉄のとびらには鍵がかけられていて開かない。


4畳半くらいの部屋の中には、ぼく、ただひとり。


前回入院した時と同じだ。

右となりにも、左となりにも、同じ部屋がある。

今は静かだが、夜になると怒鳴り暴れまわる患者がいてなかなか眠れなかった。

嫁さんは耳栓を準備してくれただろうか。



正面の茶色い鉄格子と、鉄のドアを見ていた。


今、1分ほど時が過ぎた。


いや、今すぎたのは、10分くらいじゃなかったか。


それとも1時間くらい過ぎたのではないか。



時計がないので、時間がまるでわからない。

自分のなかで、時が流れているのか、止まっているのか良く判らなくなった。



1分だったかもしれないし、1時間だったかもしれない。


また保護室か。

ここに何日も閉じ込められたら、気が狂いそうになる。

刑務所の独居と同じだ。

正気でいられなくなる。

正気を保てなくなる。

はたして今回は、何日閉じ込められるのか。

そんなことを考えつつ、茶色の鉄格子を見ながらぼうぜんとしていた・・・・・・



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〇病院で医師の診察を受ける


嫁さんとその妹は、意識のないぼくを無理やり車にのせて、広島一有名な精神病院、瀬野川病院へと向かった。

家から瀬野川病院までは、20キロ以上はある。

運転の苦手な嫁さんは、めったに通らない道を、意識のない酔っぱらいを後部座席に乗せて、苦労して運転していったのだろう。

そんなことはつゆしらず、失神しているぼくは車のなかでしょうべんをたれながしつづけていた。

次に気づいたのは、医師との診察の場面だった。



医師と面談をした」という部分だけは、強く記憶してていた。



前回入院したときの主治医はひどかった。

はっきりいって嫌いだった。

今診察しているのは、前回とはべつの医師で評判がよかったため、今回の主治医になってほしいと強くお願いした覚えがある。



精神病院 医者 医師
フリーフォトPAKUTASOより引用


しかしその時の様子も、だれが一緒にいたかも覚えていない


医師の顔以外はまるで覚えていない。


〇ブラックアウトし、

 イスに座れないほど酔っていた


本人はそのくらいの記憶だが、嫁さんにあとから聞いた話では、


イスに座ることもままならない酔いっぷり」だったので、ストレッチャー(患者を運ぶための車輪付きの担架)に乗せられたまま、意識のないままに診察されていたとのこと。


駐車場から診察室まではけっこう歩かねばならないため、駐車場からすでにストレッチャーに乗せられていたんだろう。

時々目を覚ましては、何か言おうとストレッチャーの上で起き上がろうとした。

だが、起き上がってもフラフラして倒れ込む。


ストレッチャー 精神病院
フリーフォト写真ACより引用


ちゃんと座ることすらできないほど酔っていて、何を言っているのかもよくわからない。


アルコールを抜くための点滴を打った。

そのまま失神して、意識が戻らなかったらしい。


嫁さんは入院の手続きを済ませ、必要なモノが入れてあるボストンバックを預けた後、帰宅したとのこと。

しかし嫁さんが同席していたこと、手続きをしたこと、ボストンバッグのことなど、まるっきり覚えていない。



本人は「面談をした」と思い込んでいたのだが、面談どころじゃなかったのだ。



我ながら

「いくらなんでもずいぶん無茶苦茶な酔いかたをしたんもんだ」

と思い、酒飲みとして、いや人間として恥ずかしくなった。


どこかを通って、どこかのドアが開き、どこかへ連れ込まれた。

次に気がつくと、ぼくは鉄格子の部屋にいた。



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〇アルコール離脱症状が続く


「この状況はマズい、このままでは精神病院送りだ。」

ときおり自覚はする。

危機感を覚える。

しかしアルコールの離脱症状には耐え切れなかった。

朝から晩まで酒をあおり続けた。



自分ではもう、どうしようもできない。

止めることができない。


アルコールが切れたとたんに、手が振るえ、足が震え、恐怖心が襲いかかり、離脱症状にみまわれる。


アルコール離脱症状 手の震え 発汗
フリー素材集いらすとやより引用



もう、素面(しらふ)になることが耐えられない。

自力で素面に戻れないところまできてしまった。



その連続飲酒を断ち切るきっかけとなったのが、前記事で述べた上司からの一本の電話だった。


警察のやっかいになるまえに、入院しなさい


そのような言葉だったのを、わずかに残っていたぼくの正気の部分が記憶している。



携帯 スマホ 上司から



〇入院の覚悟を決める


そして僕はようやくあきらめて、観念した。

酒を切るために入院しようと思った。



ところが、そこから記憶がとんでいる。


そこから、まったく覚えていない。

抗うつ薬と酒で、またブラックアウト(記憶喪失)した。



次の記憶は、主治医の診察をうけている場面にとんでいた。


嫁さんに後から聞いた話では、その時の僕は見るも無残な姿だったらしい。



●最悪の状況を娘に見られる


ベッドの上で、失神して失禁していたそうだ。


ようするに、嫁さんが入院の準備をしているあいだに、僕は寝室にいきそこで意識をなくして小便をたれ流していたのである。


40を過ぎた男が、ベッドの上で失神し、小便を垂れ流していたのである。



ブラックアウト 失禁 失神
フリーフォト写真ACより引用


そして悪いことに、5歳の次女が父親のその姿を目撃した



なんでそうなったかはまったく記憶にないのだが、理由はわかりきっている。


僕が酔っていて、そういう覚悟をした場合、絶対に次の行動をとるはずだ。


最期の酒」と称して、紙パック焼酎一升の、ありったけの焼酎を胃にながしこんだのである。


そして僕はあっという間に意識をなくし、尿意があっても目覚めることすらなく、尿を垂れ流した・・・・・・



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〇朝から酒、夜まで飲む、連続飲酒発作



どのように飲んだのか、というと。


前の日に商店で買った酒を隠しておいた。

そして朝起きるとすぐに酒を入れ、夜寝るまで入れつづけた。


酒 焼酎 アルコール依存症
フリーフォト足成より引用


ある日を境に、朝起きて夜寝つくまで、仕事もいかずに数日間ひたすら飲みつづけた。



なんで朝から飲むようになったのか、というと。


ある日を境に、晩酌をしはじめたからである。

それまで断酒を頑張っていたのに、ある日を境に、酒を入れ始めた。


家族にばれないよう、自分の部屋でこっそりと。

なんで夜、酒を入れるようになったのか、というと。


それは断酒中に誘惑にまけて「最初の1杯」を飲んでしまったからだ。


最初の1杯が2杯になり、2杯が4杯になり、晩酌となり、最期には朝から晩まで飲むようになってしまった。

こうなってしまっては断酒の事などどうでもよくなる

朝から晩まで飲むことを、連続飲酒発作という。


なんでそうなるのかというと、なぜならばぼくがアルコールの薬物依存症だから。



連続飲酒 アルコール依存症
フリーフォトPAKUTASOより引用


〇アルコール依存症者は1・2杯では済まない


アルコール依存症者は、軽く1杯では済まない。

2杯でも3杯でも済まない。

ブレーキが壊れた車のように飲み続ける。


泥酔状態になって、やっと落ち着く

しかしそれも、アルコールが切れてくるにつれ我慢できなくなり、次から次へとアルコールを入れないと気が済まない。

朝、目が覚めたときから、アルコールを欲している

朝から飲むため、仕事に行かれない。

まっとうな社会生活をおくれない。

人によっては、怒鳴り散らしたり、妻や子どもに暴力をふるったり、性的犯罪を犯す。


酔っ払い 怒鳴る
フリーフォト足成より引用


最初の1杯さえ飲まなければ、こんなことにはならなかった。


今、広島一有名な瀬野川病院の精神病院・閉鎖病棟に入院中。



AA(アルコホーリクス・アノニマス 断酒会)の冊子より引用


「アルコホリズム(アル中のこと)の専門医も、この最初の一杯を避けるという考え方は医学的にも根拠があると言明しています。直ちにであれ、ある程度の時間がたってからであれ次の一杯を渇望する強迫観念の引き金となるのは、この最初の一杯であり、そのために結局はまた飲酒のトラブルに見舞われることになる。」


・・・・・・AAの冊子「どうやって飲まないでいるか」10頁より引用




家族、会社、断酒会ほか関係者みなさまに多大なご迷惑をお掛けしたことを深くお詫び申し上げます。



また、大酒飲み、軽度のアルコール依存症の方々に、少しでもぼくの体験が少しでもお役に立ちますように



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アルコール依存症での精神病院・入院体験談その2です。


(今は完全断酒も1年を超えて、再就職してなんとかやっております)


今回の実話では、時期が昨年の「合法ドラック法」執行直前でした。


なので、警察が「合法ドラッグ患者を確保」したのに逮捕できず、しかたなく精神病院に送り込んだのです。

そんな人がたくさん入院していました。



現在は、法律が執行されたので、合法ドラックは逮捕されます。



それでは第2話です。



〇精神病院の閉鎖病棟に再入院



僕は今、瀬野川病院という広島一の精神病院の閉鎖病棟に入院している。


また、だ。


精神病院 瀬野川病院
瀬野川病院HPより引用


今、入院している精神病院の閉鎖病棟は、病棟に鍵がかけられている。

ドアから外に出ることのできない、外界からまったく遮断されたところだ。


なぜ外界から遮断されているのか、というと。


その階には、薬物中毒重い統合失調症重い発達障害など、いわゆる放送禁止用語でいわれるような患者たちが入院している。

外界から遮断しないと治療にならなかったり、または社会に迷惑をかけるからだ。



ぼくはその集団にほうりこまれた・・・・・・

というよりぼくがアルコール依存症、いわゆる「アル中」となり、その集団の一員となってしまったのだ。



最初にもらう入院計画書には、「3ヵ月の治療・療養が必要」だと記述されていた。

重い薬物中毒患者、統合失調症患者、双極性障害の人々と一緒に3ヵ月もここで暮らさなければならない。


なんでこんなところに入れられているのかというと。


アルコール依存症のぼくが、決して飲んではいけない「を飲んでしまったからだ。


断酒していたのに、誘惑に負けて飲んでしまった。

3ヵ月はとてもきつい。

きついし、人生の時間の無駄だと思う。

が、自分が悪いのだからしかたがない。

酒が切れれば退院させてくれればいいのに、そうはいかないらしい。


〇パチンコに買った、酒も買った


なぜ飲んだのかというと。

パチンコに行ってめずらしく勝ってしまった。

画像20190305スロ


勝ってうかれていたのか、おめでたな気分だったのか。

ふいに酒が飲みたくなった。


どのように飲んだのかというと。


家族に隠れて近所の商店にこっそりと焼酎を買いに行き。

焼酎をストレートで胃に流し込み。

残りはベッドの下に隠した。



焼酎 酒屋
フリーフォト足成より引用


そして次の日、朝起きてすぐに酒を入れ、夜寝るまで飲み続けた


ただ、自分の部屋で大人しく飲み、決して人に暴力をふるったり騒いだりはしなかった。


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