うつ病でアルコール依存症:人生終わった男の闘病記・体験談

閉鎖病棟の体験談から、アルコール依存症・うつ病の闘病記。
2児の父が急にうつ病で倒れた。酔いにまかせて仕事にいくも今度はアルコール依存症だと。
家族から精神病院に何回も入院させられ、断酒に挑戦するが失敗。抗うつ剤、睡眠薬はいまだかかせず・・・・・・

うつ病、アルコール依存症にならないよう、みなさんのお役にたてればと思います。

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タグ:閉鎖病棟

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※断酒219日目

閉鎖病棟の日々

ぼくは東京で言えばどちらかというとアメ横や浅草の下町が好きで、妻が好きなディズニーランドなんかには興味がない。

関西方面はというと、いちどは新世界や「あいりん地区」をぶらついてみたかった。

その憧れのあいりん地区で育ったというY君とは、話が合った。

二人とも毎晩夜中というか早朝というか、とにかく3時に起き出してきては話しを始める。

彼は週末にビールを飲むくらいで、アルコール依存症ではまったくない

しかし事件が「酒が原因」だと警察に精神病院送りにされたY君。
むごい。

毎朝、いったい何の話しをするのかというと。

「筋肉」である。

細かく言うと「筋肉をいかにして鍛えるか」である。

「筋肉をいかにしてイジメ抜くか」でもある。

筋肉
フリーフォトPAKUTASOより引用

閉鎖病棟で毎朝語り合う日々

とにかく閉鎖病棟の夜中というか早朝3時から日々筋肉について野郎ふたりが語り合う

それはふたりとも裸だったり、変態同士というわけではない。

ぼくは家から送ってもらった、どうでもいい半パンと長そで姿。

彼はわざと色あせた紺色のGパンと、これも古着のように色あせた元は黒だったであろうTシャツ。

彼はショップ店員のようにオシャレだった。

ふたりは別々の小さなテーブルに掛け、片手にマンガを持ちながら、しかし隣どうしで話す、そういった格好である。


ぼくはボクシングを少しかじっていた。

なので、パンチ力を上げるための広背筋、(首から肩の)僧帽筋、(肩の外側の)三角筋を鍛えあげて、いわゆる “上半身逆三角形” のシルエットになるのだが、彼は違う。

まだ30代半ばだからか、結婚も子どももいないからか、ぼくにはすでに用がなくなった「ファッション」というのにこだわる。
ファッション ジーンズ
フリーフォト写真ACより引用

シュッとした、と、関西では言うのですか。

スレンダーな
、と、一般的には言うのですか。

肩幅はほそく、しかし胸板は厚く。

そうするとTシャツを羽織った時に、彼の理想のシルエットになるのだそうだ。

そのへんの所はぼくはあまり理解できなかったが、とにかく「筋肉を鍛えなければならない」方向ではおおむね意見が合致し、話しあいは順調に進められた。

閉鎖病棟の中で、身のまわりのベッドやイスやそのほかの材料を使用し、いかに筋肉に負荷をかけて鍛えるか

という難題も、互いに意見を出し合い、励ましあい、実行した。

次の日の3時に、いかに筋肉をイジメ抜いたか報告しあった。

そんな感じで、閉鎖病棟の日々は過ぎていった。

気がつくと

「朝食の時間ですよ」

と看護師の声が飛んできたこともあった。

ああ、もう8時すぎてらあや。

ええ?

てことは、夜中の3時から5時間もぶっ続けで筋肉バナシをしてたのか。

やはり変態かもしれない。

とにかく、そんな具合で閉鎖病棟の日々は過ぎていった。

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連れタバコ

タバコは、というと。

これは職場と同じで、気の合う人に声をかけ、人差し指と中指をクチビルに当てたり離したりして

タバコ、行きませんか

合図をし、連れタバコをする。

孤独が好きな終始無言なヤツ、あと適応障害などで皆になじめない人や、どちらかというと嫌われてたりするヤツは一人タバコだ。

アルコール依存症や薬〇の患者たちは世間ではごく普通の人々だったりするので、よく連れタバコになる。

同じ勉強会に出席しなければならないため、アルコール依存症はアルコール依存症同士、薬〇は薬〇同士で「つるむ」ことが多い。
連れタバコ
フリーフォト写真ACより引用

デイルームで時を過ごすにしても、その仲間同士で塊りあっていることが多い。

話しはそれたがとにかくその晩は、ぼくとY君とアル中仲間で連れタバコで喫煙所にいた。

時間は無限にある。

だからといってタバコに次々と火をつけると、タバコ代がとんでもない事になる。

2本くらいで止めて、ベンチに座ったヤツらと話しに夢中になるようにする。

そして急に発作が!

そう。

その晩、なんの話しをしてたのだろう。

なんだったかは思いだせない。

ただただ、夢中になって語っていたのは覚えている。

語っている途中で、とつぜん言葉が止まった。

まだ喋っている途中、話はまだ続いているのだが・・・・・・う・・・・・・あ・・・・・・

声が出ない

脳内で発声したいコトバがぐるぐると回っているのだが、クチが動かない。

声帯が鳴らない。

続けて、身体中のチカラがすべて抜けていくのを感じた。

座っているベンチの、右側に倒れていくのがわかった。
画像20190602倒れる 写真AC
フリーフォト写真ACより引用

急に発作が!

これはいったい何なのか、その時には分からなかった・・・・・・

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次記事→突然、発作が起きた。その症状はひどいものだった 体験談3(16)

前記事→早朝に目が覚める。睡眠薬がなく眠れない 体験談3(14)


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※断酒208日目

精神病院、閉鎖病棟の保護室とは

精神病院でぼくは屈強な看護師たちに囲まれ、むりやり閉鎖病棟の保護室、鉄格子の独房へ連れて行かれた・・・・・・
そしてすぐに点滴、点滴、点滴の嵐である。点滴
フリーフォトPAKUTASOより引用

身体中に染みわたったアルコールを抜くための点滴。

ピンク色で透明な点滴袋からのびたチューブの先の針を、腕に刺すこと計4回。
いや精神科の看護師はヘタクソなので、ぼくの腕に浮いた太い男らしい血管を外しまくり、刺しまくることそれ以上。
点滴袋を確認すると、「ブドウ糖」 「ナトリウム」 くらいの成分しか入っていない。

前の入院では連続飲酒に入っていたため、酷いアルコール離脱症状に襲われた。

体中の震え、したたり落ちる脂汗、耐えられないほどの不安感にやられた。
そのときは離脱症状に耐えられず、セルシンを処方されたと思う。

セルシン: 成分はジアゼパムの精神安定剤。アルコール離脱症状がひどい時は処方される場合が多い。

アルコール離脱症状 手の震え
フリーフォト足成より引用

点滴のスピードを速める

ぼくははっきり言って点滴がキライである。
いや 「点滴が好き」 「好きで好きでたまらない」 人などいないでしょう。

とにかく身動きがとれなくなるため嫌いである。
点滴はイヤだ。

で、なにをするかというと。
みなさんご存知の、点滴チューブの真ん中あたりにある 液の落下を調節するプラスチックの部品をいじくるのだ。
注入スピードをマックスまで上げる
「ポタ、 ・・・・・・ポタ、・・・・・・ポタ、」 と落ちる点滴液を、「ポタポタポタポタポタ」 まで早める。
点滴のスピードを早める
すると、2時間かかる点滴が、30分で済む
看護師の足音が聞こえたら元に戻す。
見つかったら怒られるので。

次に何が行われるのかというと。

看護師による、病棟内の案内である。
ところが、ぼくは過去3回 計6ヶ月以上もここに入院していたため、看護師たちはぼくを覚えていた。

今から病棟の案内をします・・・・・・ あ、ふくさんはご存知だからいいですよね
うれしいやら悲しいやら、複雑な気分になる。

精神病院の閉鎖病棟、保護室とは

それではぼくが案内いたします。

ここは瀬野川病院という精神病院で、通称 「Z」 と呼ばれる隔離病棟、鉄格子の独房、保護室である。
左右に10部屋づつ、計20部屋の監獄だ。

男女は関係なく、1人1部屋。

そして合流地点に看護師詰所があり、デイルームがあり、テレビと少年マガジンやジャンプが置いてある。
「りぼん」 「別冊マーガレット」 は置いていない。

すべての部屋、廊下に監視カメラが設置され、詰所のモニターで監視されている。
監視カメラ
フリーフォト写真ACより引用

保護室には布団が地べたに置いてあり、シーツは無い
シーツを引きちぎればヒモになり、首をくくる患者がいるからだろう。

トイレは各部屋にあり、まるで刑務所のように扉は無く、用をたす姿があらわになる。
いくつかの部屋は便を出しても自分で流せず、外にあるボタンを看護師が押すことになっている。
下痢の場合、部屋中に臭いが充満する。
ほんとうに刑務所と変わらない・・・・・・

保護室の壁は木板。
爪で引きちぎるように書かれた 「帰りたい」 という文字や、「たっ君LOVE」や、やたらめったにツメで引き裂かれた線が無数に浮かび上がる。

朝7時20分、昼11時20分、夕方5時20分の食事の時間になると、入院したばかりの患者には部屋に運ばれてくる。
一週間ばかり経って気分が落ち着いた患者は、保護室を出てデイルームに行ってみんなと飯を食う。

その後、一斉に服薬がある。

患者によっては薬を拒絶したり、飲んだフリをしてトイレに流すヤカラもいる。
そのため口をあけ舌もあげ、ちゃんと飲んだことを看護師へ見せなければならない。

その後、中庭へのドアが開放され、タバコが一本だけ吸える。

朝食、昼食、夕飯後、それと午後3時に1本、計4本

タバコが少ない、ニコチン離脱症状に悩まされる

このタバコ4本というのが、実は厄介だった。
タバコを何時間も我慢していたため、その瞬間だけはとても美味しくいただけるものの、それ以外の時間はニコチン離脱症状に悩まされる。

いっそのことタバコ無しにして頂ければ、止めたくとも止められないタバコを吸わずにすむのに。
タバコ 灰皿
フリーフォト足成より引用

ここで疑問に思われた方。
なぜ病院内なのにタバコが吸えるのか。

・・・・・・なぜかというと。
精神病院に入院する患者は、当然精神病を患っている。
うつ病、躁うつ病、不安神経症、アルコール・覚〇〇・ドラ〇〇など薬物依存・・・・・・

ただでさえ不安感・イライラ感があるのに、タバコを吸えないとなると、さらにイライラ感が増す

「なぜ、今イライラしているのか。なぜ情緒不安定なのか」
医師による正確な診断ができなくなってしまう。
よって、酒はダメだがタバコだけは吸える、という精神病院・閉鎖病棟が多い。

(現在は、広島の瀬野川病院は院長が変わって、全面禁煙になってます。
アルコール依存症専門病院の呉みどりヶ丘病院だけは吸えます。)

ぼくは酔いが覚めるにつれ、アルコールの離脱症状が始まった。

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次記事→

前記事→アルコール依存症の子供への悪影響「父さんの息の根を止めてやる!」 精神病院 体験談3(5)

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※断酒187日目


ぼくがアルコール依存症と診断され、9年が過ぎた。

はじめは

あなたはアルコール依存症です

と、聞いたことがあるようなないような病名をつけられ、最初は「なんだそりゃ」と思った。

自分は「ただの酒のみ」だと考えていた。


まずは「断酒会というものがあるので、そこに通いなさい」とも言われた。

「はあ、断酒会ですか?」

なにそれ。

断酒会とは

ネットで調べてみたところ、みなさんご存知、全国的に「ふたば断酒会」「AA」が有名でした。

日本の2大断酒会。


ぼくは一応、どちらも通った。

ご存知のとおり、AAはアルコール依存症大国アメリカ発症で、おおむかし日本に上陸してきたもの。

無宗教派が多い日本人からみるとちょっとばかりキリスト教的、というか聖書的、な雰囲気。

1回に集まる人数は小規模で、6名とか8名くらい。

それらアルコール依存症者たちが、過去の経験を分かち合う。

2時間だったと思う。
断酒会 AA
フリー素材いらすとやより引用

ふたば断酒会のほうは、AAを日本人向けにアレンジしたもの、と聞いたことがある。

60年ほどの歴史がある。

どちらも全国に各支店というか各支所が散らばってある。

広島では月に一度、センターに300名以上集まる会があるが、普段は各支所で20~30名が集まって、やはり経験談を分かちあう。

ふたばのほうは「断酒の歌」のようなもの皆で歌った記憶がある。

アルコール依存症の家族があつまる家族会といのもある。


どちらも人によっては“合う、合わない”があるので、お好きな方に通われたらよいと思う。

現在ぼくは、ふたば断酒会から枝分かれした、地方ローカルの小さな断酒会へ通っている。

ぼくは酒をいったんは止めるのだが仕事のストレスなどで数年、またはたった数か月でスリップ・再飲酒し、10回近くも精神病院・閉鎖病棟入院した。

その際どっぷりとアルコール依存症セミナーを受けさせられた。

入院10回近いので、同じ話を何回も何回も、耳にタコができるくらい聞かされた。

画像20131014瀬野川病院 瀬野川病院HP
瀬野川病院 瀬野川病院HPより引用

そこでとにかく言われたのが、退院したら絶対に以下の3つの事項を守ること。

断酒の3本柱

①必ず毎日、抗酒薬を飲むこと。シアナマイドまたはノックビン

②自助グループ(断酒会)に、とにかく通うこと。これはどの断酒会でも良い。

③外来通院すること。

それに加え、④飲酒欲求を抑えるレグテクトを飲むこと。

とにかく、上記3つを守らないと、ほとんどの人がスリップ(再飲酒)→連続飲酒→再入院を繰り返すらしい。

・抗酒薬シアナマイド 24時間ほど効き目がある
抗酒剤シアナマイド

・抗酒薬ノックビン 1週間ほど効き目がある
抗酒剤ノックビン

どちらも、薬を飲んだあるアルコールを節酒すると、全力疾走したあとのように心臓がバクバクし、視界が真っ白になり気分が悪くなり、救急車を呼ぶハメになる。

ベテランのアルコール依存症者(と、いう表現でよいのか)で、上記3つを守っていても、

たまに失敗して再入院する方がいる。

なので、アルコール依存症ビギナー(と、いう表現でよいのか)は、必ず3つを守らなければならない。

アルコール依存症を甘く見てはいけない。

繰り返し再入院の先にまっているものは・・・・・・

1.肝臓、すい臓の病気

とうぜん肝臓がやられ、肝硬変から肝臓がん慢性すい炎からすい臓がん

どちらも沈黙の臓器なので、症状が現れた時には手遅れ。病院で息を引き取りたくはないですね。

だんだんと飲む量は増え、アルコール度数は上がり、食べる量が減ってくる。

2.消化器官の病気

とうぜん、のど、食道、胃、腸がやられ、下痢などが続くようになる。

肝硬変、肝炎からの影響で、静脈瘤(じょうみゃくりゅう。静脈がふくれ、ところどころがコブのようになる)ができはじめる。

※どういうメカニズムでそうなるのかをひとことで説明するのがむずかしいので、興味のある方はネットでお調べください。

足など皮膚にできるものは良いのですが (皮膚に紫色の血管がうにょうにょと浮き出てくるため、見た目は気持ち悪い)

これは食道・胃もおなじ状態になる。

消化器には皮膚がなく、粘膜だけ。

そこに静脈瘤のコブができる。

硬いものを食べると傷がつき、破裂する。

そうなると胃や食道の中で大出血。

そういうボロい血管はなかなか血が止まらない。

そして、胃の中に2~3リットルの血がたまり、口から黒い血液が噴出、吐血

床いちめん、血まみれ。
吐血 食道静脈瘤
フリーフォト写真ACより引用
出血量が多くてその場に誰もいなく、本人は失血で失神したまま出血がつづくと・・・・・・死に至る。

脅しじゃないですよ。

間一髪で助かった、発見があと少し遅ければ・・・・・・そういう事例はたくさんありますから。

(つづく)

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次記事どうぞ→アルコール依存症は断酒会に行くべきか?一人で飲みすぎたら脳みそはどうなる?(2)

前記事どうぞ→
節約には禁煙が一番効果的 無職旦那のお金の節約術(3)


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4回目の朝。


薄暗いうちに目がさめていた。


朝 精神病院
フリーフォト足成より引用


相変わらず時間がわからない。

しばらくなのか数時間なのか分からないが、待っていると

朝ごはんですよ

と看護師が通りかかり、ガチャリと鍵があけられた。

しかし朝ごはんよりタバコが吸いたかった。


とりあえずパンを焼いて食べた。

初日に比べれば、すいぶんと食べれるようになっていた。

そしてタバコを吸いながら、旧友と話をした。

どうやって持ち込んだのかわからないが、ポケットに1箱隠し持っている人がいた。

看護師にばれないよう、1本いただた。

本来は朝食後、昼食後、3時、夕食後の4本だけである。

ふだんそんなに吸う方ではないが、4本だけというのはきつい

ニコチンの禁断症状に一日中襲われて、耐えがたい。

もう1本追加でいただけるのは、ありがたかった。


吸い終わったら、歯をみがいて、また牢獄に戻らなければならない。

できるだけゆっくりと歯を磨き、ニュース番組を観て

「部屋に戻りなさい」

と言われるまで粘った。

そしてマンガを何冊かとり、部屋に戻った。


部屋でおとなしくマンガを読んでいた。


〇閉鎖病棟の辛い保護室からの開放


コツコツと足音がして、看護師がやってきた。

中間開放になりましたので、デイルームに出て良いですよ

と告げられ、ガチャりと鍵が開けられた。

やった。

保護室から、自由に出ることができるようになった。



完全隔離の状態では、3度の食事と3時のタバコの1日4回、それぞれ15分ずつくらいしか保護室から出る事ができない。


それ以外は監禁状態だ。



●開放されるとデイルームでテレビを観ることができる


中間開放になると、午前中は2時間、午後は3時間ほどデイルームで過ごすことができる。

テーブル、椅子とテレビ、少しのマンガがある。

テレビを観てもよいし、小さな本棚にある少年ジャンプや単行本を読むことができる。



テレビ 精神病院
フリーフォト写真ACより引用


少し自由の身になるのだ。


●作業療法がある


また、作業療法がある。

OT(作業療法士)さんが来て、簡単なストレッチや筋トレ、パズルやゲーム、音楽鑑賞などができる。

今はなつかしMOにたくさんの曲がダビングされており、何百曲もの題名がかいてあるノートを見ながらリクエストするのだ。

なるべく元気の出る歌をリクエストした。

「上を向いて歩こう」

とか。


ラジカセ 音楽
フリーフォト足成より引用


何より嬉しいのが、「ほかの人間と会話ができる」ことだった。


72時間えんえんと繰り返してきた過去の記憶と、会社クビ、離婚、娘たちとの別れという最悪の未来のシミュレーションからいくばくか、解放された。


デイルームには、何人か同じ中間開放の患者たちが集まっていた。



久しぶりに、人と会話をした。



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瀬野川病院に入院するまでブラックアウト

ぼくは自力では素面(しらふ)に戻れない。

酒が切れると離脱症状がでる。

手の震え、足の震え、発汗、恐怖感、不安感

それに耐えられず、どうしてもアルコールを追加飲酒してしまう。

どうやっても自力では切れない。

連続飲酒
フリーフォトPAKUTASOより引用

これはかなりまずい。

会社にもちろん行けないどころか、まともな日常生活すら送れない。

ぼくはアルコールを切る覚悟をした。

瀬野川病院(精神病院)に入院して、治療する覚悟をきめた。


そして「最期の酒」と称して、紙パックのありったけの焼酎を胃にながしこんだ

記憶はまったくないが、ぼくはそうしたハズだ。

それからは、一切の記憶がない。

抗うつ薬と酒でブラックアウト(記憶喪失)してしまったからだ。


しかし、記憶がないのは本人だけで、嫁さんは鮮明にその間のことを覚えていた。

後日、聞いたところによると、瀬野川病院に連絡した時には、僕の意識はすでになかったらしい。

瀬野川病院は「市から救急指定をされている」病院だ。

しかし、電話をかけてみると

「意識がない患者はこちらとしても困るので、よそで胃洗浄かなにか救急処置をして意識が戻ってきてからつれて来て欲しい」

と言われたそうだ。

医者 医師
フリーフォトPAKUTASOより引用

救急指定をされているのに「よその病院で救急処置をしてこい」とはおかしな話だ。

が、それにいちいち文句たれてる余裕はない。

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ブラックアウトし失禁しまくり

ベッドで小便をたれながしている僕の下着をきがえさせ、そして嫁の妹を呼び寄せ、2人がかりに車にのせたそうだ。

さらに、応急措置のため、あわててあちこちの救急病院に電話をかけた。

しかし、酒を飲んでブラックアウトしている精神病患者はどうやら病院でも扱いが面倒くさいらしく、たらいまわしにされたそうだ。

そのあいだ、僕は車のなかで失神し続けていた。

精神病院へ
フリーフォトPAKUTASOより引用

結局は瀬野川病院に入院手続きをした。

が、入院するまでブラックアウトし失禁しまくっていた。

それは次の記事に書くが、手続きのあと、また保護室に入れられた。

また鉄格子の中へ・・・・・・


ひととおりの処理を済ませて病院から帰ってくると、5才の次女は異変に気づいていた。

「父さん、どうしたの?

 父さん、もう帰ってこないの

 父さん、死んだの?

そう、ずっと聞いてきたのだと。

とてつもなく悪い影響を娘にあたえてしまった。


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次記事→

前記事→酒でブラックアウト、失神して失禁する 体験談2(5)


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アルコール依存症での精神病院・閉鎖病棟再入院

アルコール依存症での精神病院・入院体験談その2です。

精神病院に再入院してしまいました。

今回の実話では、時期が昨年の「合法ドラック法」執行直前でした。

なので、警察が「合法ドラッグ患者を確保」したのに逮捕できず、しかたなく精神病院に送り込んだのです。

そんな人がたくさん入院していました。

現在は、法律が執行されたので、合法ドラックは逮捕されます。

それでは第2話です。


精神病院に再入院

僕は今、瀬野川病院という広島一の精神病院の閉鎖病棟に入院している。

また、だ。

瀬野川病院
瀬野川病院HPより引用
今、入院している精神病院の閉鎖病棟には、病棟に鍵がかけられている。

ドアから外に出ることのできない、外界からまったく遮断されたところだ。

なぜ外界から遮断されているのか、というと。

その階には、薬物中毒重い統合失調症重い発達障害など、いわゆる放送禁止用語でいわれるような患者たちが入院している。

外界から遮断しないと治療にならなかったり、または社会に迷惑をかけるからだ。


ぼくはその集団にほうりこまれた・・・・・・

というよりぼくがアルコール依存症、いわゆる「アル中」となり、その集団の一員となってしまったのだ。

最初にもらう入院計画書には、「3ヵ月の治療・療養が必要」だと記述されていた。

重い薬物中毒患者、統合失調症患者、双極性障害の人々と一緒に3ヵ月もここで暮らさなければならない。

なんでこんなところに入れられているのかというと。

アルコール依存症のぼくが、決して飲んではいけない「酒」を飲んでしまったからだ。

断酒していたのに、誘惑に負けて飲んでしまった。

3ヵ月はとてもきつい。

きついし、人生の時間の無駄だと思う。

が、自分が悪いのだからしかたがない。

酒が切れれば退院させてくれればいいのに、そうはいかないらしい。

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パチンコに勝った、酒も買った

なぜ飲んだのかというと。

パチンコに行ってめずらしく勝ってしまった。
パチンコ スロット
勝ってうかれていたのか、おめでたな気分だったのか。

ふいに酒が飲みたくなった。

どのように飲んだのかというと。

家族に隠れて近所の商店にこっそりと焼酎を買いに行き。

焼酎をストレートで胃に流し込み。

残りはベッドの下に隠した。

焼酎
フリーフォト足成より引用
そして次の日、朝起きてすぐに酒を入れ、夜寝るまで飲み続けた

ただ、自分の部屋で大人しく飲み、決して人に暴力をふるったり騒いだりはしなかった。

静かなるアル中、サイレントドランカーというやつだ。


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次記事→

前記事→退院支援委員会が開催され、やっと退院!念願のラーメン!体験談1(24)

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入院中の外泊が許可される

閉鎖病棟に入院して、2ヶ月が経とうとしていた。

ぼくは病院内では優等生であるもんだから、週に1回の帰宅(外泊練習)も許されるようになっていた。

家族に車で迎えにきてもらう。

1泊、あるいは2泊3日で自宅で過ごす。

その間、酒などの話題に触れず、まことしやかな日常生活を送れることを確認する。

退院
フリーフォト足成より引用

病院側からは、帰宅期間の患者の様子を記入する用紙が渡される。

穏やかにすごしたか  はい / いいえ

イライラしていないか はい / いいえ

そのような質問事項が10問ほどならび、最後には

お酒を飲まなかったか はい / いいえ

が、当然ある。

もちろんぼくは早く退院したいもんだから、家でも優等生でじっと我慢する。

病院に帰院すると、嫁さんが看護師に記録を渡す。

それを2~3週間繰り返し、「問題なく過ごせた」という実績を作れば、退院はもう間近なのだ。

保護室に入った当初の入院計画書には、「2~3ヶ月の入院・療養が必要」と記入されていた。

だけど、こんなオリの中で3ヶ月は過ごしたくない。

早く、シャバに出たい

それだけを考えて、行動するようになってきた。


退院支援委員会が開催され、退院日が決まる

3回ほど帰宅の実績をつくったあと、先生との面談で、言った。

そろそろ退院したいのですが、どうでしょうか

先生はすこし考え、言った。

来週末、あたりにしましょう

そして、先生と看護師、嫁さんとの退院支援委員会が行われた。

退院後、仕事をするのか、ちゃんと断酒できる生活を送れるのか、確認される。

医者 医師
フリー素材集PAKUTASOより引用

一週間は、長かった。

1日、1日とカウントダウンする。

本当に仲がよい患者にだけ、退院の話を言っておく。

ちゃんと心から喜んでくれるからだ。

親しくない患者には言わない。

ねたまれるからだ。


数日後。

やっと、その日が来た。

朝から、荷物をまとめる。

家族が10時に来るといったが、それまでの数時間がやけに長い。

看護師に

「いままでありがとうございました。
 お世話になりました」

と感謝の気持ちを言う。

患者仲間にも、この日だけは
先に出てるから。みんなも頑張ってね
と挨拶する。

やっと、自動ドアがあいて、待ちにまった嫁さんの姿が見えた。

患者のみんなには、拍手で送られた。

やっと退院!

待ちに待った退院!

嬉しかった。

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精神病院・閉鎖病棟からの退院

国道を走る車の中から、何とも言えぬ気持ちで、風景を眺めていた。

もう、こんりんざいこんなところに入院しない。

もう、こりごりだ。

もう、一切酒を飲まない。

もう、今後はまっとうな人間として生きる。

「昼飯に何が食べたいか」

と聞かれた。

背脂たっぷりのラーメンと、餃子

と答えた。



ラーメン
フリーフォト足成より引用


うす味の病院食ばかり食べてきたぼくにとって、久しぶりのラーメンはとても旨かった・・・・・・





・・・・・・ 第1話 完 ・・・・・・





これで、第1話は終わりです。

長いあいだ、ご愛読ありがとうございました。

え、第1話。

てことは、第2話がある?

そうなんです第2話があるんです。

退院して断酒を頑張りました

がむしゃらに。

そして、まっとうな日常生活を送り続けました。

酒を飲まない生活

頑張って続けました。

そして、その生活を続けていくと、だんだん慣れてきます。

辛かった入院生活も、喉もとすぎれば熱さ忘れる。


そして、約3ヶ月後。

ふとやってしまいました。

やってはいけない、スリップ・再飲酒

そこから、ぼくはまた転げ落ちていったのです・・・・・・

続きは、またアップしていきます。


長いあいだのご愛読、ありがとうございました。


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次記事→パチンコに勝った、酒も買った。精神病院に再入院 体験談2(1)

前記事→精神病院・閉鎖病棟の日常。ラジオ体操の効果は?体験談1(23)


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精神病院・閉鎖病棟の入院生活のつづき。


精神病院・閉鎖病棟の日常

8時からは「朝礼」と「ラジオ体操」が始まる。

これは、全員が参加しなければならない。

パーキンソン病で車イスのコジマさんは、もうすでに、窓側のいつもの位置で待っている。

アルコール性末端神経障害大腿骨頭壊死で足が悪いヤナイさんも、足を引きずりながらなんとかデイルームにたどりついた。

まず、今日の担当看護師が
おはようございます!
と言う。

一応患者たちも、低くうなだれるような か細い声で
・・・はょぅござぃます・・・・・・
と、返す。

それから、重要な一言を言う。

今日は、〇月〇日、〇曜日です
これを、しっかり覚えておかなければならない。


カレンダー
フリーフォト足成より引用

前述したが、社会から閉ざされた世界で生きていくぼく達には、日付の感覚がまったくなくなる。

入院して数週間も経つと、今日が何月何日で何曜日なのか、さっぱり分からなくなってしまう。

こんな感じで、精神病院・閉鎖病棟の日常は過ぎていく。


お笑い番組は要チェック

今日が土曜日だとしたら、昼1時からの「吉本新喜劇」は要チェックだ。

日曜日ならば夕方の「笑点」もはずしてはならない。

ただでさえ心が闇のように沈んでしまう閉鎖病棟内では、お笑い番組は必須なのだ。

続けて看護師が言う。

そして今日のOT活動(作業療法)は、午前中は軽スポーツ、午後はカラオケです

作業療法(OT活動)とは、身体が不自由な患者や、発達障害などの患者に簡単な作業をさせて、身体や頭のトレーニングをすることだ。

アルコール依存症者は、月・水・金に1時間ずつと、アルコール勉強会がある。

院内断酒会もある。

薬物の患者も同じような感じである。

こんな感じで、精神病院・閉鎖病棟の日常は過ぎていく。


洗面所で髪を洗うな

そして
夜中に洗面所で髪を洗わないでください
などと注意事項がくる。

この「洗面所で髪を洗う」気持ちはすごく分かる。

この閉鎖病棟では週に2回しか入浴日が無い。

よく知らないが、刑務所並か、それより非道いんじゃないか。

と、いうことは、髪を洗えるのは3~4日に1回である。

空調が効いているとはいえ、9月ままだ蒸し暑い日が多い。

まともな女性なら、髪が洗いたくなるのは当然だ。

閉鎖病棟の洗面所
フリーフォト足成より引用

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どうして洗面所で髪を洗ってはいけないのか。

それは、何ヵ月も入院して伸び放題となった女性の長い髪の毛が、洗面所の排水溝に詰まってしまうからだ。

洗濯機がある部屋にモップ洗い用の流しがあるが、そこで髪を洗う分には文句は言われない。

そして
「何か質問があるひとー?」
と看護師が言う。


そこで大抵、
「あのうワタシ、昨日の晩ご飯はB定食を頼んでおいたのに、A定食だったんですけど
などとトンチンカンで個人的な質問をしてくるおバカちゃんが出てくる。

「ハイ、ハイ、その話は後で看護師さんと話ましょうね」
と、適当にいなされる。


ラジオ体操の効果は?

そして、ラジオ体操がはじまる。

ここから先は、OTさん(作業療法士)の担当だ。

ラジカセのスイッチを入れ、ラジオ体操の「♪チャン、チャーラ、ララ、ララ~」が始まると、患者達はお互いに手が当たらない距離に広がりだす。




精神病院のラジオ体操
フリー素材集イラストACより引用

ほとんどの患者にとっては、数少ない運動の時間のため、張り切って参加する人もいれば、興味なさげに部屋に戻る人もいる。

そういう患者は大抵、デブだ。

パーキンソンのコジさんも、車椅子に座ったまま、一生懸命に手を動かしている。

僕は、というと。

全力思いっきりラジオ体操」というのをやるのだ。

文字通り、全力で思いっきり上体を後ろにそらしたり、跳びはねるところは全力で思いっきり跳びはねる

なので、ラジオ体操が終わった後「ハァ、ハァ」と息を切らしているのは僕だけだ。

運動不足であれば、思いっきりラジオ体操は効果あると思われる。

結構な運動量になるので、皆さんもお試しあれ。


ただし注意しなければいけないのは、ラジオ体操には「思い切り上体を横に曲げる」「後ろに反らす」など、いきなりやると身体を痛める動作がある。

なので、「全力思いっきりラジオ体操」をやる前に、ラジオ体操のためのウォームアップおよびストレッチ運動をしておかなければ危なかったりする。


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精神病院・閉鎖病棟の入院生活

精神病院・閉鎖病棟に入院して、2~3週間経った頃の入院生活を紹介する。

ぼくは元々持っているうつの症状と、アルコール性うつ症状(大酒飲みがアルコールを抜いた時に、気分が沈む症状)とで、朝5時きっかりには目が覚めてしまう。
(これは時が経つにつれ、じょじょに収まっていく)

朝5時、まだ喫煙所には鍵がかかっており、まだ消灯時間帯なのでテレビも点けられない。

僕と同様に早く目が覚めた連中、それと普通にお年寄りなので目が覚めてしまった老人たち。

デイルームで、彼らと雑談したりする。

たまには、カップに飲み物が注がれる式の自動販売機で、90円のコーヒーを入れて飲んだりする。

自動販売機 自販機
フリーフォト足成より引用

閉鎖病棟は現金を持たせてもらえないので、コーヒーを購入するにはあらかじめ、いわゆる「WAONカード」に1000円や2000円を補充しておかねばならない。

恨み辛みで僕を睨みつけていた嫁さんだったが、「病院内の僕の口座」には2万円ほど入金していてくれた。

最低限、普通の生活が出来るようにしていてくれた。

有り難かった。


入院生活の実態、患者にたかられる

昼間、デイルームに患者がたくさん居る時に自販機で飲み物を買うと。

するとヤツらどもが

「ぼくにも1杯おごって」

「ぼくにも1杯!」

とたかられる事がしょっちゅうあるので、なるべく人目のつかないように自販機で購入しなければならない。

彼らの欲求に応じても、彼らは一般的な常識が無いことが多く、感謝すらされなかったり、「こいつには金がある」と見なされて欲求がエスカレートしたり、いちいちキリがないのだ。

ごく親しい人にのみ、コーヒーをおごってあげたりは、する。

但し「患者間の物のやり取り、貸し借りは禁止」なため、看護師に見つからないように、コッソリとだ。

精神病患者たちの間でモノの貸し借りをすると、一般常識と外れた行動をしたり、ウソをついたりするので、すぐにトラブルになるからだ。


朝6時。

喫煙所の鍵が開けられる。

スモーカーたちは、パチンコ屋の開店時のように一斉にそこになだれ込んで、ポケットからタバコを取り出す。

ただし机型の空気清浄機にクサリで取りつけられたライターが「たったひとつ」しかないため、タバコに火を点ける順番待ち行列ができる。

タバコの灰皿
フリーフォト足成より引用

また、夜勤当直の看護師が「キムラさん(仮名)」だった場合のみ、いつもより5分か10分早く、タバコ部屋が空く

キムラさん自身がヘビー・スモーカーなので、自分が早く吸いたいからだ。


朝の検温、シャドーボクシングで運動

閉鎖病棟では、6時半あたりから検温が始まる。

各部屋に看護師が回ってくるので、ベッドに戻らなければならない。

本日担当の看護師さんが、体温と脈拍数のチェック、それに昨日の便が出たかどうか、食事は全部食べたかどうか、特に変わりがないかどうかを聞いて来る。

「問題ないです」

とか

「目が何回も覚めて、ちゃんと眠れてない」

などと伝える。

場合によっては、便秘薬や睡眠薬が変更追加されたりする。

N科(精神科)の薬を飲むとたいていの人は便秘になるため、「マグミット」など便通を良くする薬が調合される。

僕の場合、いきなりマグミットを3錠を処方されて、便通が良くなりすぎてしまい、まるで噴水のような下痢が毎日続き、苦労した。

先生に言うと

「自分で調整してください」

とのことだった。

マグミットは精神薬ではないため、どのくらいの量を飲むかを自分で調整できる。

試行錯誤した結果、マグミット1錠で、なんとか軟便になるあたりで落ち着いた。

本当はマグミットなど要らなかったのだと思う。

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検温が終わると、まだ人がまばらなデイルームへ行き、隅っこで柔軟体操をする。

そして、家から送ってもらった、100円ショップで売っている小さな黒のキッチンタイマーを取り出し、3分にセットしてシャドーボクシングを始める。

まず、足のステップでウォーミングアップだ。

それから、ジャブだけを3分間。

次はワン、ツーと、右ストレートを主体にした3分。

シャドーボクシングで運動
フリーフォトPAKUTASOより引用

次は、左右フックをおり交ぜて、ジャブ右ストレート左フック右ストレートなど。

ダッキングやウェービングなどよける動作かのコンビネーション。

などなど、を30分やる。

その後、ジャンピング・スクワットや腕立て伏せ、腹筋などを3セットから5セットずつ。

約1時間、汗を流す。

もう、その頃は看護師さんは「フクさんはボクシングが趣味で、いつも運動をしている人」とみなされているため、注意はされない。

たまに、ヒウラちゃんなど女の子が「シュッ シュッ」とボクシングのマネごとをして見せるが、これは看護師さんに「危ないからダメです」と注意されてしまう。


風呂に入れるのは週に、たったの2回である。

そのため、それ以外の日、汗だくになった僕は洗面所に行き、濡れタオルで汗をぬぐうのである。

8時からは「朝礼」と「ラジオ体操」が始まる。

精神病院・閉鎖病棟ではこんな入院生活を毎日繰り返し送る。


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閉鎖病棟にいると今日が何日かわからない

入院して、いったい何日経ったのだろうか。

今日は何月何日なのだろうか。

永い事、閉鎖病棟に入院していると、日付の感覚がなくなってくる。

曜日の感覚もなくなってくる。

だから、デイルームに大きなカレンダーが貼ってあるのだが、それを見ても「今日が何日、何曜日」なのか分からない

カレンダー
フリーフォト足成より引用

なので、毎朝9時に行われる朝会で、看護師さんが

「みなさん、おはようございます。今日は〇月〇日〇曜日です

と、必ず日付を言ってくれる。

入院して何日も経った。

ぼくは家族が恋しくなっていた。

声が聞きたくなっていた。

・・・・・・電話をするべきか。しないほうがよいか。

前回、荷物を持ってきた嫁さんの態度からすれば、離婚話になる可能性が高い。

それは避けたい。

しかし、閉鎖病棟で外に出ることも許されず。

前回入院したときのように、外泊もできっこないだろう。

離婚寸前なのだから。


娘よ、声を聞かせておくれ。今は亡き公衆電話で

一言だけでも良い。

娘よ、声を聞かせてほしい

少しだけ話をしてみたい・・・・・・

電話をすることにした。

閉鎖病棟内では携帯電話を持つことは許されていない。

外部への連絡手段は、ちまたではもう絶滅寸前の「今は亡き緑色の公衆電話」しかない。

公衆電話
フリーフォト足成より引用

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しかも「テレフォンカード」を購入しなければならない。

テレフォンカードか・・・・・・

昨今、ツイッターやらフェイスブックやらで全世界とリアルタイムで交信できる世の中なのに。(当時、ラインはまだなかった)

そこにきて「テレフォンカード」である。

それはまだ、存在していたのである。

ちまたでは、今は亡き公衆電話が、デイルームに設置されていた。

前回の入院時に使っていた、残高が残っているテレフォンカード。

それが手荷物の中に入れてあった。

まさか、また使うことになるとは。

緑色の公衆電話の受話器を左手に取り、その貴重な「テレフォンカード」を銀色のカード投入口につっ込んだ。

公衆電話から電話した。

0、8、2、8、4・・・・・・家の電話のダイヤル番号を押した。

義母が出た。

冷たい声で、嫁に代わると、言った。

嫁さんが、出た。

なに

それは僕のはらわたに突き刺さるような、冷めた、凍るような声色だった。

「別に。声が聞きたかったから」

そう

さらに、心を深ぶかと裂き切るような声が、胸を貫いた。

娘の声が聞きたかっただけなのに、ぼくの心は張り叫び、もう声を聞く気になれなかった。

ガチャリと受話器を置いた。

・・・・・・もう、こんりんざい電話をするまい。

そう思った。


娘たちに手紙を書こう

でも、僕は今後、どうなるか分からない。

もしかしたら、死んでしまうかもしれない。

生きている保障がない。

娘たちに、何か「父親が生きていた」「父親が存在していた」証拠、あるいは遺書的なものを残したい。

・・・・・・そうだ、手紙を書こう。

僕はロッカーから、鉛筆と消しゴムと便箋を取り出した。

手紙を書く
フリーフォト足成より引用

そして、「愛する娘たちへ。大きくなったら読んでください」と見出しを書いた。

それが、この「アルコール依存症 精神病院閉鎖病棟日記」の元になった手紙である。


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